「お仕事は?」「異世界対策委員会です」異世界から降り注ぐ災害に対処するお仕事です

鶴城有希

プロローグ:異世界対策委員会のある日

 可愛い子には旅をさせよというが、異世界になんて行きたくなかったし、異世界から帰ってきても私自身は何も変わらなかった。


 雨宮優香あまみやゆうかは何気なしにカフェから道路を眺めている時にそう思った。道路には物流を担うトラックが流れている。


 気分を振り払うようにパフェを食べた瞬間、手元の携帯が震えだす。


——最悪だ。


 着信元の名前は橋本。優香の担当官であり、いきなり電話をかけてくるならそれは呼び出しである。それも切羽詰まった類の。


 震えつづける携帯に対してきっかり5コール目で応答する。


「……はい……雨宮です……」

「もしもし優香ちゃん?! 急で悪いけど仕事が入ったわ! 今ヒマよね? あと10分くらいでそっちいくから、悪いけど準備しといて!」


 電話口で一方的に告げられる仕事。今ヒマと決めつけられたが、実際パフェを食べる程度にはヒマだからしょうがない。そっちに行くということはGPSで場所は把握されてるのだろう。


 なので優香も抵抗することにした。


「いや……あの、今大きなパフェ来たばっかだからすぐってのはちょっと」

「パフェなんて10分あればいけるでしょ! とにかく一〇分で着くから!」


 ほとんど言いたいことだけ言って上司——橋本は電話を切った。


 確かにいくら大きなパフェといえど女子高生が食べれる量だ。急いで食べれば一〇分で行けるだろう——しかしパフェは急いで食べるモノではない。


 せめてもの反抗に、最初の五分はゆっくり食べてやろうと決めた優香はスプーンを動かし始めた。


 うん。甘くてボリューミー。イチゴと生クリームを一切ケチらずに女の子の夢を叶えてくれるようなブツだ。女の子は甘いものとスパイスとその他でできているらしいので、人体錬成をする場合はこのパフェでもイケるだろう。


 やがて残り三割というところで優香の対面に女性が座った。


「ちょちょちょちょっと! まだ食べてるじゃない!」


 先ほど電話をかけた来た上司、橋本が小声で急かす。シンプルなパンツスーツに短い髪は外仕事での動きやすさに寄与し、できる女という印象を周囲に与える。


「いやあの、急いだんですけどスコーンが……」


 思いの外、底のスコーンが多くて硬くて苦戦している優香だった。さすがに上司に直接目の前へ来られると先ほどまで抱えてた余裕も何処へやら、生来の弱気が居た堪れなさを生み出しひたすらスコーンを食べるマシンと化す。


「先に会計してくるわ……!」


 さすができる女、橋本さんだ……! と心の中で感謝しておく。黙っていれば経費で落としてくれそうな雰囲気なのでここはありがたく奢ってもらおう。


 そして最後のスコーンを飲み込み、グラスの水を一気飲みするとそそくさと退店する。パフェ一気食いという楽しみの欠片もない食べ方と、店員からどんな目で見られていたのかという羞恥心で顔が密かに赤くなる。

 そして急いで橋本の乗る車へ。黒い車の上には着脱式のサイレンが既に付けられていた。助手席ではなく後部座席に座る。


「……それで。帰還者ですか?」


 乗り込み、車を発進させた橋本へ尋ねる。


「よくわかってるじゃない」

「遭難者じゃパフェの早食いは要求されないので……。変な化け物が出たとかニュースにもなってませんし」


 口調だけは気にしていませんよというイントネーションを努めつつ、ほんの少しだけ皮肉を込めるのが優香の精一杯だった。橋本はスルーした。代わりに優香に尋ねる。


「武器、それでいい?」

「ん……大丈夫です」


 後部座席に置かれたガンケースを漁って答える。


 持ち込まれた中には拳銃、散弾銃、ライフルがあった。急な案件だったので橋本が適当に持ってきたのだろう。いずれも優香が好んで使うものなので無難な選択であり、ハズレはなく、そして当たりでもあった。


「今回はクラスDの事案と認められたわ。対象は一人。おそらく|乖離系≪ファンタジー≫世界の出身ね。意識を取り戻すなり大暴れ。警察では三人、委員会からは二人が負傷。今は委員会のメンバー一人を人質にして籠城中」


 やがてついた現場は何かが建設されている場所だった。資材があちこちに置いてあり、大きなビルでも建つのかな、という以外の感想を優香は抱かなかった。


「大丈夫?」


 車から降りた優香に、橋本が一言だけ聞く。


「大丈夫、です」


 口調だけはつっかえているが、その声音に緊張や不安などは感じられない。


 そんな二人から遠く、現場を囲んでいた警察からは不安げな囁きが交わされていた。


——おい、あれが委員会の虎の子かよ

——さっきの娘たちよりも細いぞ

——銃でなんとかなる相手かよ


 彼らの目に見えるのは小さく細い女子高生。メガネをかけたその姿は良く言えば文学的、悪く言えば根暗な少女だ。


 しかしその中の何人か、過去に仕事をしたことのあるものだけは何も言わずにじっと見ているだけだった。


 雨宮優香。コールサインはサンドグラス。異世界対策委員会において最強と噂されている。


 事実、今回も五分とかからず対象を射殺したと記録されていた。

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