第1話:陰キャの女子高生は未来が見える

 高校の始業式も終わり、晴れて二年生へと上がった。ようやく週末を迎える金曜日だと言うのに、優香の心は沈んでいた。


「じゃあどこの店行くー?」

「あたし、演歌がオハコなんだよねー!」


 放課後、親睦会という名目でカラオケに行こうとなったクラスメイトたちが浮き足だっていた。


「雨宮は行かないの?」


 クラスメイトの雛森ひなもりあやから声をかけられる。彼女は優香とは対極の存在で、友達がいない優香と反対にクラスの中心人物である。


 明るくて、友達が多く、それでいて敵を作らないタイプ。


 発起人こそ違うが、彼女がまとめなかったらこれほど大人数でのカラオケ開催もなかっただろう。


 その彩がなぜわざわざ優香に声をかけるのか。


「すみません、に用事があるので……」


 彩と優香は共に異世界対策委員会のメンバーであった。


 一緒に仕事をしたことはないのでお互い詳しくは知らないが、同じ施設に出入りしていれば顔を合わせることも多々ある。


 なんとなくお互い同じ職場で同じ仕事をしてるんだな、程度の認識があった。


 お互い秘密が多い仕事をしている都合、クラスでも時たま会話することがある。


「あー、そっかそっか。じゃあまた今度ね」


 彩と優香は内緒話のようにコソコソと話をする。もっとも優香は普段と大して声量の差はないが。


 ちなみに委員会に用事があるのは事実だが、その用事を後回しにできるのも事実。


 今までの人生経験から『行ってもどうせ隅っこで愛想笑いしかできないだろう』とわかっているし、それなら行っても行かなくても変わらないか、と断った次第だ。


 そんな選択しかできない自分が嫌だし、クラスのほぼ全員が参加している行事に参加しないというのも嫌だ。


 ただ、行っても隅で愛想笑いを浮かべるしかできない。社交的な場で友達を作れるわけないのは経験上わかってるし、そこで精神をすり減らすくらいなら最初からいかない。


 これから起きる楽しいことに胸を躍らせているクラスメイトを見ているだけで、そこに参加できない自分に滅入る。


 放課後に部活がある者にしても「後から行くわ!」と言っており、純然たる行かない意思を持つものは優香を含め極少数であった。


「私、カラオケに行くの初めてなんです!」


 と心を浮き立たせているのはクラスどころか学校中で有名なお嬢様、水城花音みずしろかのん。世間離れしている彼女でさえああやって楽しもうとしてるのに……と考えるとさらに気分が沈んでいく。


 その屈託のないお嬢様の笑顔を視界から振り払おうとした瞬間、ふと優香の視界に彼女から伸びる赤い糸が見えた。


 優香は異世界から帰ってきてから、未来を視る能力を得た。それは糸と言う形で彼女に未来を見せる。


 本来は見ようと思わない限り視界に映ることはないが、なぜか時たま不意に見えることがあり、それは大抵どうにかしなきゃいけない未来を示してくる。


 赤い糸は死に繋がっている。水城花音には24時間も経たない内に死が訪れる。


 その糸がどこに繋がっているかはわからない。わからないということは、異世界絡みだろう。


 優香はこれから起こるであろうめんどくさい出来事に心の中でため息をついてから、担当官の橋本へ電話をかけた。


 ---☆---


 優香に呼ばれた橋本は全速力で荷物をまとめ、街中まで車を走らせた。

 優香の予言めいた能力には慣習や手順をすっ飛ばして向かう価値があると橋本は思っていたし、上層部もそう思っていた。


 証拠も根拠もなかろうと、彼女が言うなら従っておけ、というのが不文律になっていた。


 だからまだ何か事件が起きたわけでもないが、橋本は優香に銃を渡していた。


「本当に、応援はいらないの?」


 拳銃のホルスターをスカートの下に隠し、散弾銃を専用のケースに入れて背負う優香。


 その姿は遠目には竹刀や楽器を背負ってるように見えるかもしれない。竹刀を背負うような体育会系にはとても見えないのが少し問題だが。


「はい……たぶん、大丈夫です……何か起きたら連絡お願いします……」


 本当は応援を呼んで他人の手を煩わせるのがイヤという、超消極陰キャ的理由なのだがそれは言わない。


 ケースに入れた散弾銃を背負ったまま街中へ歩き出す。目当ての集団は少しばかり歩くと見つけられた。自分と同じ制服が群れをなして歩いている。


 自分が(一応)属している集団が、自分がいないときにわいわい騒いでると胸が痛くなる。自分から誘いを断っておいて疎外感を感じるのが陰キャたる優香だった。


 集団から二〇メートルばかり距離を取り、遠目から異世界帰りの能力を発現させる。


 近くにいた人間がじっと見れば、優香の右目が青く光っているのがわかったかもしれない。優香は能力を使う時目が青く光る。


 なるべく自然な姿勢で周囲から見づらいように発現させたので誰も気づくものはいなかった。


(いない……?)


 優香の目には赤い糸が出ている者——死の未来を持つ者が見えなかった。代わりに、集団の誰もが大怪我を負うような未来が見える。


 いずれも、ゆらゆらと揺らめいる。まだ不確定な未来だ。


 確定している未来——因果関係がはっきりしている未来はもっと鮮明に、原因を見れるし、何が起こるか観ることができる。


 この見えづらさは経験上、この世界の問題ではなく異世界からの干渉がくるだろう。改めてそれを確信する。


 集団の中からさっきは見えた死の未来を持つ者が見えない。考えられる原因は二つ。


 水城花音の未来が変わり、目の前の集団に混ざって重傷になるようになったか。


 あるいはもう既にこの場に水城花音がいないか。


 水城の未来が変わるのは考えづらい。色々と条件はあるが、優香が未来を見た後にその未来を変えれるのはこの世界の外のことわりを扱える能力者だけだ。水城が能力者だとは聞いていなかった。


 ふと周りを見ると、クラスメイトの集団以外からも大なり小なり怪我を負う未来が見える。始業式終わりの昼下がり、歩いているのは主婦や学生ばかり。


 前を向いて歩くクラスメイトたちに声をかけるか一瞬だけ躊躇した後、最後尾にいたオタクグループに声をかけた。


「あの、ごめんなさい、水城さんって、いますか?」

「え? 前の方いない?」

「さっきまで前の方いたよな?」

「うーん……いや、でも確かに見えないなぁ」


 優香が後から来たことなんて全く気にかかってないように答える。一緒になって前の方に目を凝らしたがやはり水城の見えなかった。


 その時だった。背中の方から悲鳴が聞こえてきたのは。

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