第2話:クラスメイトとゴブリン

 悲鳴に振り返ると、路地の脇道から緑色の小人がワラワラと溢れ出ていた。


 いずれも下卑た笑い顔をしており、敵は粗雑な棍棒や剣を持っている。


 ゴブリン。


 ほとんどの異世界にいる小鬼。


 剣と魔法が溢れるファンタジーな世界ではただの雑魚。


 しかしここは現代日本。包丁さえ持ち歩くことのない平和な世界。そこにいるのは逃げることのできない市民のみ。


 ゴブリンを目にした人は誰しもが逃げ出している。クラスメイトの集団もゴブリンから離れるように、我先にと押し合うように走り出す。


 そこに例外が居る。


 優香だ。


 人々の悲鳴にあてられ、する必要もない緊張をするのは小心者故。背中のケースから散弾銃を取り出す。


 慣れた手つきで構え、ボルトハンドルを引き、セーフティを外し、構える。


 目の周りが青く輝き、文字通り未来を見ていた。


 ゴブリンはここに移動する。ここに撃てば人には当たらない、建物のガラスを壊さない。


 そう言ったことを素早く見分けた優香の持つ散弾銃から、|セミオート≪半自動≫で散弾が立て続けに連射される。


 散弾が薙ぎ払うようにゴブリンへ殺到する。


 あらゆる世界で卑小、矮小、雑兵として知られるゴブリン。その表皮も柔らかく、人間より脆い。散弾に晒された小鬼が血飛沫をあげていく。


 街中に発砲音が響いた直後、一瞬の静寂が訪れる。誰もが突然銃を取り出して撃ち出した陰キャに驚き、注目していた。


 その静かさの中、続いてスラッグ一粒弾を手早く装填する優香。


 散弾は当てやすいが建物に当たったあとの事後処理が面倒くさいらしく橋本がげんなりしやすい。その顔を思い浮かべるだけでもうすでに憂鬱だ。


「あぶない!」


 リロードの隙を見計らい、優香に向かって棍棒を持ったゴブリンが飛びかかる。誰かが叫んだ。


 しかしゴブリンの棍棒が優香に届くことはない。


 優香のさらに後ろから、光の矢のようなモノが飛んでゴブリンを撃ち抜いた。


「ギャッ!!」


 ゴブリンは雷に撃たれたように、一撃で絶命した。


 優香が後ろをチラリと振り返ると、クラスメイトの雛森ひなもりあやが、木でできた杖を構えていた。


 ただの木の杖ではない。彼女が異世界から持ち帰った杖。優香と同じく異世界から帰ってきた彩の魔法の杖。杖の先から放たれた光矢は、ゴブリンの全身を貫き絶命させた。


「ちょっと! 油断しないでよね!」


 彩が必死の顔で叫ぶ。


 優香としてはゴブリンの攻撃が届かないことが。今のゴブリンが自分にダメージを与える未来が見えなかったのだ。


「あ、ありがとうございます……」


 その光景を見た、クラスメイト一同は足を止めてその戦いを見ていた。


「え、雛森さんって委員会の人だったの?!」

「見た?! 今の! 彩が魔法撃ったよね!」

「雛森さん、異世界に行ったことある人だったんだ……かっこいー!」


 クラスメイトたちが彩の姿を見て口々に感嘆の声を上げる。


 優香はそれらを無視し、ゴブリンを見据えたまま後ろに歩き、彩にささやくように言った。


「雛森さんは避難の方をお願いします。これくらいなら私が……」

「ん……わかったわ」


 ゴブリン程度なら銃火器でなんとかなる。それに一般人には早く避難してもらった方が良い。その方が安全だし、はっきり言って野次馬は邪魔なだけだ。


 避難という点で言ったら優香より彩の方が適材だ。コミュ力に差がありすぎるし、そもそもカラオケ会のまとめ役が彩だ。


「ちょっとみんな! 野次馬してないで早く逃げなさいよね!」


 彩が集団に向かって声をかけ、誘導する。


 同時に、別の路地からもゴブリンが跳び出し、クラスメイトの集団に襲いかかる。


 優香は最初から気づいていたように、振り返り、引き金を引く。


 元は猪を撃つような強力なスラッグ弾がゴブリンの体に当たる。ゴブリンは当たった瞬間に吹き飛び、絶命した。


 体の一部が爆発するように吹き飛び、スプラッタのように内臓を撒き散らして死ぬ。


 その様子を見たクラスメイトたちはまた悲鳴をあげて逃げ出した。


「……今の、あたし要る?」


 彩は苦い顔を浮かべて言った。

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