第6話:クラスメイトが異世界転移しました④

 二人が歩き始めて三時間。会話らしいやりとりは何回かあったが、雑談にまで発展することはなくただ簡単なやり取りがあっただけ。


 優香はそもそも自発的に喋るタイプでもないし、彩は人に合わせることのできるタイプだ。相手がおしゃべりなタイプでないなら彩も黙って過ごす。


 今ここにいるのは二人の間で共通のクラスメイトを助けるための、薄い結束力があるためだ。有り合わせと言えばそうだが、薄くとも結束力はあるので文句もでない。


 優香は最初こそ人見知り故の居心地の悪さを感じていたが、動き始めて汗をかき始めたくらいから気にならなくなった。


 森もとっくに抜けて、平原に出ていた。時折何かしらの動物が遠くを走るのが見えた。馬のようにも、鹿のようにも見えるが、現代世界に存在しない種の可能性もある。とにかく四足歩行の草食っぽい動物だ。


 やがて歩いていく先に町か、あるいは村のようなものが見えてきた。


「こんな平原に建物?」


 彩が疑問を呈する。乖離ファンタジー世界出身の身としては違和感を覚えるような建物のようだ。


「気になりますか?」

「気になるっていうか……周りに何もないじゃない。周りに畑があるわけでもないし、街道沿いって感じの太い道があるわけでもなさそうだし……川は——あるかもしんないけど。とにかく、人が住んでるにしては何もなさすぎるわね」


 彩の言うことは説得力があった。言われてみれば周囲に何もない。ソロが多い優香にとって他人の視点があるのは新鮮だった。


 バックパックから単眼鏡を取り出して覗いてみる。


「どう?」

「確かに……建物は荒れているように見えます。村の跡地、とかでしょうか」


 優香が単眼鏡を彩に渡すと、片目を閉じて覗き込む。


「うん、やっぱり人が住んでるかはあやし……って何その目?!」


 単眼鏡から目を離した彩が見たのは目を青く光らせている優香。しっかり白目は白く、黒目は黒く見えるのに、青く揺らめいた光を感じるから不思議だ。


「なにか、複雑な事情がありそうなのは間違いありません」


 その目を通してみる村の跡地らしきものは、黄色や赤糸が複雑に絡み合ってるのが遠くからも見え、さらに村の外から伸びているものもある。


 何か、一悶着起きそうな雰囲気だ。


「それが、ってやつ? 勘が良いってよりかは、何か見えてそうだけど」

「説明が長くなるので、今は勘が良いで納得してしておいてください」

「はぁ……まぁ、りょーかい。……それでどうする?」


 村の跡地は進行方向にある。ここからは歩いて三〇分以上かかるだろう。この世界に来た目的は水城の捜索にあるので、無闇に問題に顔を突っ込むことはない。


 しかしあそこに水城がいるかもしれない。いなければ無視でいいが、いるとするなら対応を考える必要がある。


「……軽く迂回する方向に歩きましょう。次か、その次の電波が来た時に、あの村に水城さんがいるかはわかるはずです


 一度現在の進行ルートから外れて電波を受信すれば、水城の発信位置がその村からなのか、もしくはその奥からなのかがわかる。


 どちらにせよ歩く距離は伸びるが、電波の強度的には近づいているのは間違いないし、やぶ蛇になるよりは歩いた方がいい。


「ん……りょーかい。そうしましょ」


 彩が頷いて、一行はそれまでの方向から外れ斜めに歩き始めた。


 それから電波を受信すること二回。どうやら村の跡地に水城がいるのは間違いないようだった。


「……何か変なのがいますね……」


 近づくにつれ、建物の輪郭もはっきり見えるようになってきた。基本の建材は木製で、柵のようなものの残骸が見える。


 どうやらここが村の跡地だと言うの間違いないらしく、畑があったと思しき場所には、柔らかい地面と背の高い雑草が生い茂っていた。


「何かって、何?」


 優香は目を青く光らせて周囲を観察していた。


 未来を見る能力には周囲を探る能力はないが、周囲で何が起こるかの因果関係を視ることができる。


 このまま真っ直ぐ歩くと街道があり、そこには村に向かう何かが居る。そしてその何かは村の周囲にいる見張りか別の何かに見つかり、すぐに発見されるだろう。


「前方に……何か、です。村の周囲にも見張りのようなものがいます。それらは敵対関係にありそうです」

「うーん……どっちもこの距離じゃ見えないなぁ……まぁそれがホントだとして、どうする?」


 彩はとにかく、優香の言うことを受け入れることにした。


 優香はまた更にいくつかの『もし』の因果関係を視てみる。もし、前方の何かに接触したら。もし、無視して村に先回りしたら。もし、ここで夜まで全てが終わるまで待ってみたら。


 様々な『もし』が優香の視界を駆け巡る。優香の能力は分岐する未来を視ることができる。


「えっと……少なくとも前方の集団は危害は加えてこないはずです。そして村にいる存在は非友好的……というか襲ってきます。十中八九、手前の何かは人間で、奥の方は魔物といった感じでしょう。……そうですね……」


 優香は少しだけ考え、方針と作戦を彩に伝えた。


 陽は間も無く落ち、夜が訪れようとしていた。魔物の時間が間も無くやってくる。

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