第5話:クラスメイトが異世界転移しました③

「ねぇ、今のうちにいくつか確認しておきたいんだけど。お互い何て呼べばいいかしら?」


 歩き出してから早々に彩が言った。お互いが対策委員会所属なことは知っていたが、それ以上は何も知らない。


 こう言う時はあらかじめ色々打ち合わせをしておくべきだ。優香としてはなくてもなんとかなるか、とやりとりが面倒だからあえて気づかないふりをしようとしたが、彩は率先してコミュニケーションを取ろうとする。


「えっと……私のコールサインは〈サンドグラス〉、です……。雛森さんは……?」


 委員会のメンバーはそれぞれがチーム名を兼ねたコールサインを持つ。


 異世界帰りで異能の力を持つとなると、嫌がらせや迫害の対象となりかねないので、身バレを防止するために基本的にはコールサインを使うことになっている。


 ちなみに普通は所属するチーム名に数字を付けたものをコールサインとするが、優香の場合はチームではなく個人で活動しているので数字がない。


「それがあたし、実は最近チームから抜けたばっかりだから、コールサインとか特にないんだよね〜……」


 彩が少し気まずそうに言った。委員会に在籍しているのに所属がないというのはかなり珍しい。


 担当官同士の相談やチームの解散等によってチームを移動することはあっても、抜けたその先が宙ぶらりんというのは基本的にない。優香ですら〈サンドグラス〉という枠にいるのだ。


 委員会にいる以上はどこかのチームに所属しているのが前提であって、チームが変わるとしても前もって予定が立てられる。つまりこの場合、彩が突発的に所属していたチームから抜けたということになる。


 チームが突然解散したわけではなく、と言っているので何かしら揉め事があったのだろうと思う。ただ、クラスでは明らかにコミュ強の彩がそういった喧嘩別れのようなことを起こすのはかなり意外に感じられた。


 優香は色々なことを考えた結果周りの目を気にしてがんじがらめになるタイプの隠キャだった。だからそのことにすぐ気づくが、隠キャ故に触れないことが最善手だとすぐに結論づける。


「えっと……そうですね。今は別に本名でもいいんじゃないでしょうか? ここにいるのはおそらく水城さんですし」


 優香は全てを傍に置いて提案した。


 コールサインは身バレを防止する目的で使うが、そもそも相手が顔見知りなので身バレ防止の意味もない。


「そうね……じゃあ、優香って呼んでいい? 私のことも彩でいいから」

「そ、そうですね……よ、よろしくお願いします、あ、彩、さん……」


 どこから始まったかは定かではないが、チームメイトなら下の名前で呼び合う風習が委員会にはある。下の名前で呼ぶことで結束が深まるとかなんとか。


 仕事中だとしても、人目につかないところなら普通に本名で呼び合ったりする。


 優香としてはこういう形で初めてクラスメイトを下の名前で呼ぶことになるとは思わなかったが。


「えと、それでどっちが指揮取る? あたし、取ったことないけど、優香が取ったことないならあたしが取ろうか?」


 彩は制服の襟の内から気まずそうに認識票を取り出しながら言った。二枚綴りになっているそれは片方が銅色、片方が銀色になっていた。


 認識票は色々なことを表すが、委員会においては素材によって階級も表していた。銅がブロンズ、銀がシルバーを表す。これもいつから始まったかわからないが認識表は今の階級のものと、以前の階級のものを一つずつ持つのが慣習になっている。


 つまり彩の場合、ブロンズを経てシルバーとなったことを表す。


 もっともブロンズは研修生のようなもので、実質的に一番下の構成がシルバーなので彩は下っ端であることを示している。彩が指揮取りを提案してきたのは単にコミュ弱な優香を想ってのことだ。


 階級はその上にシルバープラス、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドと続く。ダイヤモンドは名誉職のようなものなので、実質的にはプラチナが現場での最高階級になる。テレビなどでよく見る〈ポラリス〉や〈カノープス〉などの隊長がプラチナである。


 一方、優香も同じように胸元から認識票を取り出して見せる。その輝きは金色。シルバーより上のゴールドを表す。


「えっと……お気遣いありがとうございます……一応、ゴールドですので、指揮を取らせていただきます」


 彩は一瞬だけ驚いたが、すぐに納得もする。委員会にいる人間ほど、見た目がアテにならないことはない。奇人変人の方が精神が図太いので救う異世界の難易度も高く、その分強いとも言われている。


 優香の性格が図太いとはとても思えないが、残念ながら奇人変人にカテゴライズしてもいいくらいだろう。それくらい優香はコミュ弱だ。


「おっけ。じゃあ頼むね、隊長さん」


 彩は申し訳なさそうに認識票を取り出した優香の肩を軽く叩き、軽い笑顔を見せる。上下関係をすぐに認めることもできるのがコミュ強の在り方である。


「ありがとうございます……では確認しておきたいのですが……彩さんはどのような能力を持っていますか?」

「あーそうね、それも確認しとかなきゃ……あたしはさっき見せた通り魔法使いタイプね。攻撃、防御、治療、後は細々と……参考までに言っておくと元いた世界の属性だと聖属性って言われてたわ」

「使える魔法、けっこう手広いんですね」

「器用貧乏なだけよ。専門に比べると弱いし、息切れも早いから注意して」

「選択肢が多いのはいいことです」


 優香がそう言うと彩は自嘲するように軽く笑った。どちらかと言うと帰還者の能力は特化型が多い。万能型は希少というほどでもないが、比較すると少ないと言える。


 特に治療ができる能力はかなり珍しい。貴重な能力持ちなのに現在チームに入ってないのは少しの違和感を感じる。


「そっちは?」

「私は……そうですね、一言で言うならものすごく勘が良いです」


 未来を視る能力だと言うのは色々面倒なことになるのでやめておく。ただでさえ説明が難しい上に、おいそれと人に話すことじゃない。


「もしかして、あそこで銃を持ってたのもそういうこと?」

「そうですね。水城さんが気になったので」


 慣れていないのか、超能力を使うと頭が重くなるし疲労も強い。だから銃を持ち歩いている。


「今のこの荷物も?」


 優香が用意した荷物を二人は分配して持っていた。


 どれも異世界を探索するためのものであり、現代世界に現れた怪物を殺すのには役立たないものだ。


 彩に至っては通学用のバッグから中身を入れ替えて持ち運んでいる。目立った武器も持っていないので、傍目から見たら遭難した女子高生が森を歩いているだけに見える。


「はい……何があるかわかりませんから……」


 優香が予め探索用の荷物を用意してたおかげで、二人はコンビニで食料調達するだけですぐに異世界に潜ることができた。


「ふーん……そういう知覚系の能力ってかなり珍しいんじゃないの?」

「そうですね……このタイプは委員会には私だけだと思います」

「なるほどね〜。ま、今までの手際の良さを見せられたら信じるしかないわね。よろしく頼むわよ、隊長さんっ」


 彩はそう言うと、改めて優香の肩を軽く叩いた。


 陰キャにとって体を触られるコミュニケーションは慣れていない。彩の柔らかい手の感触から久しぶりに他人の体温を感じた優香は顔を密かに顔を赤くした。

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