第23話:帰るまでが異世界

「行きましょう。これを着てください」


 優香は予備のローブを彼女に渡す。フード付きのそれは現代であればいささかレトロチックで浮いてしまうかもしれないが、現代世界ではないここでは違和感はない。


 二人はフードを被って歩き出す。


 優香は表通りと路地裏を縫うように歩いた。上から見たらジグザグと迷路を攻略するように歩いているように見えるだろう。


 その歩きは一見してランダム、適当に歩いているようにも見えるが、しかしほとんど白装束と出くわすこともない。


 たまに見かけることがあっても、優香たちに気づかずスルーしていってしまう。


「ねぇ、なんで見つからないの……?」

「勘がいいのが取り柄なので……」


 いくらなんでもと思ったが、アリサはそれ以上何も言わなかった。


 それからも何度か白装束と遭遇したが、その度に優香はあっさりと回避する。

 そのようなことを繰り返し、何度目かの大通りに出た時だった。


「うわ……ひどい……」


 アリサが指を刺さずに目線だけで示す先には、高いところから吊るされたいくらかの人影。全て十字架を背負わされている。


 言われるより先に優香は気づいていたのだが、わざわざ言って気づかせるような光景じゃなかったのでスルーした。結局、アリサは気づいてしまったが。


「余裕がなくなると人は他者を傷つけ始めます……本来、人の拠り所となるべき宗教がそうなったら、終わりです」


 それが膨らんで、やがて異世界人を殺すことになったのだろう。大方、異端を殺せば世界が救われるとかなんとか、そういう理屈で。


「こっちです」


 優香はそのまま、特に臆することなく歩いていく。東京駅なみに複雑な道のりを経て、最後は地下通路から街の外に出た。


「え……出れたの……?」


 アリサは信じられないとばかりに気の抜けた声を出した。


 未来が見えると同時に、勘が鋭くなった。それが優香が、苦労して帰ってきた異世界から得た能力だった。

 未来が視えるにせよ、勘が良いにせよ、他人の目に見える能力ではないので説明しづらいし、説明しても理解を得られることが少ない。


 自身の能力が目立たないという意味では悪いことだとは思っていない。ただ、彩のような目に見える魔法ならその点理解もしやすいので、説明に困った時なんかは羨ましく感じることがある。


 外に出てから歩いているとやがて街からちょっと離れた小屋にたどり着く。何かの作業小屋のようだが、詳しくはわからない。風化が進みすぎている。


 コツコツとドアを叩くとガタガタと中で音がしたが、気にせずに開けた。


 そして目の前に棒のような杖が突きつけられる。


「ちょ、ちょっと! 撃つところだったじゃない!」


 慌てた表情で杖を構えた彩がそこにはいた。後ろには剣を持った3人もいる。


「あ、危ないですよ……」


 実は彩に傷つけられる未来が視えなかったから開けたので、本当はあまり危ないとも思っていなかった優香である。


「こっちのセリフよ! 普通連絡もしてない相手が無言でピンポイントに合流してくるとは思わないじゃない!」


 彩たちには安全な場所に適当に隠れるように、とだけ言っていた。特に待ち合わせ場所などは指定していないし、今まで無線も使っていない。

 彩たちからしてみれば、適当な小屋に隠れていたら場所を教えていないのに優香が突然現れた、という形になる。


「ま、まぁ勘の良さだけが取り柄なので……」

「またそれ? それだけじゃ説明……いや、今はいいわ。そっちも無事、連れ出せたみたいね」


 彩は呆れ半分、話を進めることにした。


「はい……あとは帰るだけです」


 彩の後ろを見ると、スノードロップ1くるみももう自力で十分歩ける程度には回復しているようだ。


 その横にいる男子2名サマーデライトは小声で「あれってCobotコボットのボーカルだよな……?」と話している。


 優香が流行に疎すぎて顔を知らないだけで、実はかなり有名なのではないかとこっそり思ったが、今はそんなことを話すつもりはなかった。


「すぐ移動する?」

「は、はい……待つ理由はありませんので……」

「オッケー。……移動するわよ!」


 三人を前に陰キャを取り戻した優香に代わって彩が指示を出してくれた。ありがたかったので心の中で感謝しておく。


 そして小屋からまた出る。時間的には入ってすぐ出たと言っても差し支えない。


「ありゃなんだ?」


 サマーデライトの一人が、優香たちが来た方向——砂漠の街を見て言った。


「ワイバーンか……? にしては……」

「数が多すぎるわね……」


 砂漠の街の上に黒い影が空を覆っていた。


 見ているうちにもワイバーンの数はどんどん増えている。すぐに悲鳴や怒号が聞こえてきた。


 ワイバーンは幸いにして帰り道とは逆の方向から来ている。


「急ぎましょう。剣持ちの3人が先頭を。サンドグラス2彩さんは彼女についてください。私が殿です」


 優香の声に合わせて、隊形を整える。スノードロップ1とサマーデライトの2名は全員が剣を持っていた。


 細かったり、太かったり、長かったり、そうでなかったり。形は様々だが、綺麗に装飾され、そして見るものを魅了する不思議な光の刀身であることは共通している。全て、どこかの世界を救った勇者の剣だ。


 そして握るは勇者で英雄。前を預けるには十分すぎる。


 彩は接近戦が不得手な魔法使いなので中央。優香は前も後ろも気を使わなければいけない殿しんがりだ。


 誰からともなく、足並みを揃えて走り出す。


「ね、ねぇ、あれなんなの? どうなってるの?!」


 が走りながら叫ぶように聞く。


「説明は後でするから! 走って!」


 彩が返事しつつ、アリサの背中を押す。本当の意味での逃亡が始まった。


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