第40話:優香の事情

「あ、これ優香からです、そういえば」


 彩は優香から手渡されたバッグを渡す。中身は見ていないが、弾薬が入っているはずだ。


「ん、どうも……お、50口径に5.56ね。弾も心許なかったから助かるわ」


 友希乃は箱を一つあさひに放る。


「んでこれは咲希への燃料。彩ちゃんの分もあるし、あさひの分も」


 カロリーバーとゼリー飲料をそれぞれ放って配る。バッグにはいろいろ入っていた。どうりで重いわけだ。


 友希乃とあさひは口にものを挟みながら弾を込め始めた。見ている分には地味な作業だが、おそらくやっている分にも地味な作業だろう。


 咲希も彩も含め、しばらく全員でもごもごタイムを送った後、最初に口を開いたのはあさひだった。


「そういえば彩ちゃんっていつから優香ちゃんと一緒に組み出したの〜? てか咲希聞いてた〜?」

「聞いてない。けど彩は優香と同じ教室で見た」

「えっと、四月の頭からですね。と言っても、掛け持ちなんで専属じゃないですけど」

「意外ね〜。まぁいつまでもソロってのも大変か」


 友希乃が頷いた。


「そういえば、優香って元々カノープスなんですよね?」

「そうだけど……あんま詳しく知らない感じ?」

「詳しく知らないです。皆さんに聞けって」


 それを聞いた友希乃とあさひはくすくす笑い出した。


「優香ちゃんらしいわ。まぁあれに関しては私が悪いからね〜」


 手をひらひらさせながら友希乃が言う。


「……あれはどっちかというと、クマが悪い」

「まぁまぁ、リーダーとしての責任もあるのよ」


 珍しく咲希が自分から口を出した。しかも友希乃を擁護する内容だ。申し訳ないが、冷たい性格をしていると思っていた彩にはかなり意外だった。


「まぁ……そんなに難しい話じゃないわ。うちの担当官、見てきた?」

「あの——筋肉がすごい人ですよね?」

「そうそう、うちではクマって呼んでるけど、田島さんのことね。あの人、まぁ見るからに体育会系だけど、実際元ラグビー部の体育会系な訳よ」


 確かにラグビー部と言われると、そんな体つきだ。ボディビルダーかとも思ったが、顔の彫りが深いので何かしらスポーツはしてそうだなと思ってはいた。


「うちのチームは毎回終わったら打ち上げしてるんだけど、優香ちゃんって打ち上げたまに来ないでしょ?」

「そうですね。妹がどうのこうので」

「そうそう。あの歳で妹ちゃんと二人暮らしだからねー。それはいいんだけど……田島さんがね、こう……『優香ちゃんをハブるな! 優香ちゃんも遠慮するな!』って無理やり参加させることが多くて」

「あー……」


 優香は明らかに遠慮しがちだから、人によっては打ち上げを遠慮したがるタイプに見えるだろう。実際のところ、来てくれる時は普通に来てくれるのだが。


「まぁ田島さんの心配もわからなくはないけど。うちに来た経緯も経緯だし。ただ、それで優香ちゃん胃を悪くしちゃって」

「うわー……」


 確かに溜め込みそうなタイプだ。体育会系のようなグイグイ来るタイプが相手なら尚更。


「ストレス性の胃炎だったから大事にはならなかったのは良かったんだけど、それで優香ちゃん辞めるかもって騒動になって、結局橋本さんのところに移った——っていうか橋本さんが担当官に移ったって言った方がいいのかな。あの人、元々担当官じゃないし」


 彩は今朝の会話で橋本がお抱え運転士と冗談めかして言っていたのを思い出す。本当に優香オンリーの担当官だったとは。


「ま、ちゃんと帰りたい子を家に返せないリーダーにも責任があるわけよ」


 自重するように笑って締める友希乃。それはそうと、気になるところがあった。


「優香がカノープスに入った経緯ってなんなんですか?」

「あぁそれね……優香ちゃんのいないところで話すのもアレだけど……」


 友希乃が話しづらそうにしたとき、口を挟んだのはあさひだった。


「ねね、彩ちゃん。RTAって知ってる?」

「あ、あーるてぃーえーですか?」

「そう。リアルタイムアタックの略で、ゲーム用語なんだけど。どれだけゲームを速くクリアできるかって競うお遊びね。競技って言ってもいいけど」

「知りませんでした」


 彩はあまりゲームをやらない。弟や兄がやっているのを見て、たまにわちゃわちゃと参加するくらいだ。


「RTAって普通にゲームをやるのとは違って、側から見ると意味わからない動きが多いわけ。『移動速度が最も速いのでZボタンを押しながら後ろ向きに移動する』とか『恋愛ゲームでダサい服装をして相手を帰らせると速い』とか『ゲーム機をホットプレートで加熱する』とか」


「最後のはほんとに意味わかりませんけど……」


「まぁそう。意味わかんないの。でも本人たちは何度も繰り返しゲームを研究して、それが最短だとわかってるからそういうプレイをするの。見てて面白いから是非見てほしいけど……本題は、優香ちゃんってまさにそんな感じじゃない? こう……理由は説明できないけど、とにかく行けー! とか、とにかく逃げろー! とか」


「あぁ……今のあたしみたいにですね……」

「あは、そうそう。死なないから行ってこいって言われたんでしょ?」


 あさひが笑う。同じことを言われたことがあるようだ。


 そこで話を継いだのは友希乃だった。


「優香ちゃんの性格と能力って相性最悪と思わない? 盤面読み切れるんだから将棋の駒みたいに他人を動かせば最強なのに、他人にあれこれ指示できる性格じゃないでしょ? 優香ちゃんの言うことに反発して他の全員が怪我しちゃった部隊があったのよ」

「あー……」


 妙な説得力がある。正直、彩にも最初は優香の言うことに反発したくなる時はあった。


 というか今も反発したいと思っている。一人で異世界を歩かせるな、根暗め。


「だからうちで引き取って、結構うまく行ってたんだけど……って感じ」

「なるほど……」

「まぁでも、うちで独占するのはかなり勿体無い能力だからね。ある意味、独立して良かったとも思ってるわ。それに、今は彩ちゃんが一緒にいてくれてるみたいだしね」


 そう言う友希乃はどこか優しい目をしていた。


 チームを別れてしまったみたいだが、それでも優香のことを想っていてくれて良かったと思う。


 少なくとも喧嘩別れじゃなくてよっぽど良かった。彩も自然な笑みで返す。


「見て。フレアが出てる」


 今まで喋ってなかった咲希が久しぶりに声を出した。遠くには青と緑の光が空を漂っていた。信号弾なんて持っていたのか。


「お、優香ちゃんね。全員用意して」


 まとめる友希乃の声で、全員が荷物を整え出した。

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