第46話 ホワイトデー

 バレンタインから3週間経ち、着々とホワイトデーの日が近づいていた。


「どうしよう……」

 

 ジム終わりのロッカールームで俺は一人悩んでいた。


 今までバレンタインをもらったことがない俺にとってはホワイトデーとは未知の習慣だ。何をあげればいいのかが全くわからない。


「お疲れ、悠真くん」


「あ、和馬さん! お疲れ様です」


「いやー今日もいい汗かいたよ!」

  

 スポーツウェアを脱いだ和馬さんの肉体は相変わらずよく引き締まっていて圧巻させられた。


 ほんとどうやったらこうなるんだろ?


「それでどうしたんだい? 悩みがあるなら聞くよ?」


「え? 俺そんな顔してました?


「君はよく顔に感情が出ると娘が嬉しそうに言っていたからね」

 

「そ、そうですか」

 

 まさか瀬戸さんに報告されていたとは……なんか恥ずかしい。


「実はバレンタインのお返しに困っていまして……」


「ああ、なるほどそういえばそろそろホワイトデーだったね」


「和馬さんは由美さんに何を渡すんですか?」


「私は夫婦でフレンチに行こうと思っているよ」


 流石は和馬さんやることがかっこいい。


 しかし残念ながら俺にはそんなことをするお金はない。


「すごいですね僕には到底できませんよ」


「はは、悠真くんも大人になればこれくらいできるよ。それに真奈は君があげたものならきっと喜ぶと思うよ」


「……気づいてましたか」


「はは、それは気づくよ。これでも真奈の父親だからね」


 スーツに着替え終わった和馬さんは手に持ったプロテインを一気に飲むとそのまま出口の方へと向かってゆく。


 そしてこちらに振り向いて言った。


「頑張ってね、悠真くん」


「はい、ありがとうございます!」


 そのまま手をひらひらとこちらに振って和馬さんは去っていた。


 去り姿までかっこいいとは……あの人ほんと完璧人間だな。


 おかげでとてもいい案が思い浮かんだ。


「明日買い出し行くか」


 俺は必要なものをスマホのメモ帳に打ち込んだ。



 ◇



 ホワイトデー当日、学校が終わりいつも通り来てくれた瀬戸さんは部屋に入るなり不思議そうな顔をした。


「いい香り……もしかして月城くん、お菓子焼きました?」


 しまった……換気をするのを完全に忘れていた


「あー……来てもらえればわかるよ」


「? 分かりました」


 幸い彼女はまだ気づいていないようだ。いや、もしかしたら気づいているけど知らないフリをしてくれているのかもしれないな。


 リビングの戸を開け中に入るとテーブルの上には用意しておいた紙袋が置いてある。


 俺はその紙袋を手に取ると彼女へと差し出した。


「こ、これ、今日ホワイトデーだから……」


「わぁ、ありがとうございます! これはマフィンですね」


「うん、慣れないながらも頑張って作ってみたんだ」


 今回のマフィン作りは俺にとって初めてのスイーツ作りのためかなり不安だった。


 最初は多少失敗はしたものの慣れてくるとかなりうまく作れるようになっていた。


 ちなみに今日帰ってきて焼いたのは少しでも美味しく食べてもらいたいからである。

 

「食べてみてもいいですか?」


「もちろん」


 彼女は嬉しそうにパッと笑うと紙袋から箱を取り出し蓋を開けた。


「こ、これ月城くんが全部作ったんですか?」


「う、うん。そうだけど……変だったかな?」


「いえ、そうではなくすごく上手だったので」


「そう?」


「こんな綺麗な焼き上がりは相当練習しなければならないはずです。私のためにありがとうございます」


 まるで子供を褒めるお母さんのように「えらい、えらい」と優しく言いながら俺の頭を撫でてくる。


「そ、それより早く食べてみて」


「そうですね、ではいただきます」


 彼女は箱からマフィンを一つ取り出し、口元へ持っていくと一口かぶりついた。


 俺はその様子を横から心臓をドキドキさせながら見守る。


 すると彼女は幸せそうに表情を緩ませた。


 俺も安心し表情を緩め、彼女に聞く。


「どうだった?」


「すごく美味しいです!」


「それは作った甲斐があったよ」


 彼女のこの幸せそうな笑顔が見れただけで本当に全てが報われた。


「ありがとうございます、こんなに素敵なマフィンをくれて」


「こちらこそバレンタインすごくおいしかったよ」


「前に言ったように毎年送りますからね?」


「じゃあ俺も負けないように毎年お返しするよ」

 

 俺たちは見つめ合い二人同時に微笑んだ。


「月城くん、ちゃんと約束は守ってもらいますよ?」

 

「もちろんだよ、二言はない」


「ふふ、信頼してますよ」


 俺たちは再び互いに微笑み合った。













 

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