第2話 聖女様の甘やかし

「え?」


 目の前にいきなり『聖女様』が現れて俺は数秒思考が止まった。


 な、なんで瀬戸さんがこんなところに!?


 長く美しい黒髪に透き通るような黒い目をした聖女様は俺に優しく微笑んだ。

 

「久しぶりですね、月城くん。あの時は本当にありがとうございました。あなたがいなかったら私は今ここにいなかったでしょう」


「いやいや俺は……何もできずにボコられただけだよ……。」


 助けようと踏み込んだのに何もできずボコられ警察の到着頼りなんてダサいにもほどがある。


 そんな俺の言葉に瀬戸真奈は首を横に張った。


「いいえ、あなたは本当にすごいです。あの場面で助けに入れる人は現実には中々いないのですよ?」


「……」


「それに誘拐犯に怯まず立ち向かうあなたの姿はとてもかっこよかったです。」


 不意に学校の聖女様から言われたかっこいいという褒め言葉に俺は本能的に顔が真っ赤になった。


 いやいやいや! 勘違いするな、この童貞め! いまのはあくまでお世辞であって本当に思っているわけがないだろ!


 そう自分に言い聞かせていると白く細い手が俺の頬に触れた。


「大丈夫ですか? 顔が赤いようですが」


 彼女は無自覚にやっているのだろうがこちらとしては心臓に悪すぎる。


「熱でもあるんですか?」


「な、なんでもない……それより瀬戸さんがどうしてここに?」


「そうですね。私が今日ここに来たのはあの時のお礼もありますが、本命はあなたの身の回りの世話をしに来ました。」


 俺は再び頭が真っ白にり数秒思考停止した。


 お世話って家事とかやってくれるってことか? それじゃまるでメイドさんみたいじゃないか!?


「な、なんで」


「それはあなたが一番わかっているでしょう?」


「これは俺が勝手に負った怪我であって瀬戸さんが負目を感じら必要はないよ」


「だとしてもです。私を助けるために怪我をした恩人を放っては置けません」


 そう言う彼女の黒い瞳には絶対に譲らないと言う強い信念が籠っていた。


 これは俺が承諾するまで帰ってくれなさそうだな。


「……分かった。」

 

 俺は渋々了承した。



 ◇



「おぉー! すごいです! 男の子の部屋ってこんな感じなんですね!」


 瀬戸さんは初めての男の部屋なのか新鮮そうに俺の部屋を見物している。


 女の子を部屋に入れるなんて初めてだ……よかった綺麗にしておいて。


「あの〜あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」


「あ、ごめんなさいついつい珍しくて……当初の目的を忘れるところでした」


 彼女は持参したバックからエプロンとスーパーで買ってきただあろう具材が詰まった袋を取り出した。


「月城くん、お昼ご飯はまだですよね?」


「あ、うん。まだだけど……」


「それは良かった。ではキッチン使わせてもらいますね」


 瀬戸さんは長い黒髪を後ろでまとめポニーテールにすると料理用のエプロンを付けた。


 その姿は正に新妻のようでついつい目を奪われる。

 

「ふふ、出来上がりを楽しみに待っていてくださいね。」


 そう言い残し彼女はキッチンへと向かっていった。


 数分後出来上がった料理が食卓に並べられた。


「こ、これはオムライス……」


 瀬戸さんが作ってくれたのは半熟卵のとろとろオムライス。俺の一番の好物だ。


 ま、まさか瀬戸さんの手料理が食べられるなんて……しかも俺の大好きなオムライス……。


「ふふ、冷めない内に召し上がってください。」


「あ、うんいただきます。」


 俺はこの機会に巡り会えたことに深く感謝するように両手を合わせオムライスをスプーンで掬い口に入れた。


 とろけるような半熟の卵にケチャップだけではない繊細な味付けのチキンライス。恐らく、いや間違いなくこのオムライスは俺が今まで食べてきただなオムライスより美味しく、そして俺の好みにドンピシャにハマる一品だった。


「美味しい!」


「それは良かったです……ふふ、月城くん口にケチャップが着いていますよ」


 そう言うと彼女は自分のバックの中からフキンを取り出し、俺の口を優しく拭いた。


「こ、これくらい一人で出来る……」


「月城君は怪我をしていますからね、これもお世話の一環です。」


 子供扱いされたようで少々納得いかなかったがオムライスの美味しさに負け、そのまま完食した。



 ◇

 


「今日はありがとう、すごく助かったよ。」


「いえいえ、私こそ月城君とたくさんおしゃべりできて楽しかったです。」

 

 あの後彼女は家の掃除や洗濯などを丁寧にやってくれた。


 俺が家を空けているた間に溜まっていた埃は綺麗さっぱりなくなり、洗濯も心なしかいつもより綺麗になっているように感じた。


「今日は外も結構暗いし家まで送るよ。」


「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。私は迎えが来てくれてるので。」


「そうか、なら良かった。」


 また彼女がまたあんな目にあわないようにと思ったが流石は金持ちもう対策済みか。


「それでは月城君また明日来ますので」


「え! 明日も来てくれるのか?」


「当然です。私がいないと生活できないでしょう?」


 確かに今日一日彼女のしてくれたことはこの状態の俺ではできないようなことだった。


 しかもその全てが高水準! 何もかもが俺よりレベルが上でこんなことをただでしてもらっていいんだろうかと罪悪感すら覚える。

 

「いいんですよ、これは私が勝手にやっていることです。だからあなたはそれを受け入れるだけでいいんです。」


「……分かった、じゃあ明日もよろしく頼む。」


 少し照れながら言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、もちろんです。それではまた明日。」


「ああ、また明日。」


 そう言って彼女はエレベーターの中へ去っていた。





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