第51話 今は側にあなたが居る

(この声は……!)


 視界が塞がれていても真奈は声だけでその人物が誰かすぐにわかった。


「……誰だ」


「人の大事な愛娘を攫っておいてよく言えるね」


 和馬は仕事を強制的に切り上げて来たからか綺麗なスーツ姿で、冷静に答えてはいるがその瞳には激しい怒りが渦巻いていた。


「なるほど……お前が瀬戸和馬か。金を届けにきたのか?」


「笑わせるな、貴様らごときにくれてやる金などない。」


「じゃあ何をしに来たんだ?」


「娘を迎えに来た」


「くだらん、おいそいつを片付けろ。」


 リーダーの男が告げると二人の男が和馬の前に出た。


「駄目っ! お父さん!」


 身長はほとんど同じだが和馬と二人では体格に差があり、その上一対二ということもあって和馬には勝機がないようなものだった。


 二人の男が同時に和馬に殴りかかろうと拳を構える。


「やれやれ、やっぱりこうなるか……でもよかったよ。娘が目隠しをしていて。だって———」


 和馬はネクタイに手をかけると少し乱暴に緩めた。


「ここから先の光景はとても子供に見せられるものではないからね」


「うっ……」


 その圧倒的な威圧感に二人の動きが少し止まった。


 和馬はその一瞬の隙を逃さず、目にも止まらぬ速さで片方の顔面を撃ち抜く。


 あまりの衝撃に男は気を失いその場に倒れ込んだ。

 

「ひいっ!」


「まずは一人……私はこう見えても武術を少し嗜んでいてね……どうかな、私は強いだろうか?」


 完全に怯え切ったもう一人の男に和馬は問う。


 だが男は口をわなわなと動かすだけで喋ろうとしない。いや、喋れない。


「わかった。もういい」


 その直後怯える男の腹に右ストレートが打ち込まれそのまま男は気を失った。


 その様子をただ見ていたリーダーの男は仲間が倒されたというのに楽しそうに笑っていた。


「お見事だ、まさか二人ともやられちまうとはな。あいつらも結構強いんだぜ?」


「私より弱かった、それだけだ。」


「ふっ、俺もあいつらと同じようにいくと思うなよ」


 リーダーの男がナイフを構える。


 手をだらりと垂らし完全に腕の力を抜いた構えだ。

 

 そして次の瞬間、顔目掛けて高速の突きを繰り出した。


「ほう……」


 和馬は特に防御する姿勢を見せるわけでもなくただただ立っているだけだった。


 ナイフが眼前まで迫りどう考えても避けられないように見えたが和馬は最小限の動きで最も簡単に避ける。


「っ!? ……お前、化け物か!」


 リーダーの男も自分の腕に余程自信を持っていたのか自分の最も簡単に避けられ、表情に焦りが滲んでいた。


 そして再び突きを繰り出すがそれも避けられる。


 何度も突きを繰り出すが全てを最小限の動きで躱わされ、挙げ句腹にカウンターのキックを決められてしまった。


「ぐはっ!」


「ふむ……なるほど、君のナイフの使い方は経験によって磨かれたものか。だが隙が多いだからカウンターを喰らってしまう。」


「糞がぁっ!」


 男はヤケクソ気味にナイフを振るうがやはり全て当たらない。

 

 その光景はまるで子供と大人の戦いのようだった。


「さて、そろそろ終わりにさせてもらおう」


 そう言い、リーダーの男の手を掴むと逃がさないように手に力を込める。


 するとリーダーの男の表情が苦悶に変わり、苦しそうに悶え始めた。


「私の娘を攫ったことの報いを受けろ……」


「ま、待っ———」


 リーダーの男が言い終えるより前に頬を和馬の拳が撃ち抜いた。


 ボキリと骨の折れるような音がしたがそれでもまだ男は意識があるのか口を動かす。


「ゆ、ゆるじで———」


 ドンッ!


 再び拳が撃ち込まれる。


「おね……が……」


 ボガッ!


「た……すけ……」


 ゴキッ!


「……」


 男はついに気を失いその場に沈むように倒れ込んだ。


 和馬は血まみれになった拳を下ろすと真っ先に娘の元へと向かった。


 そして優しく全ての拘束を外す。


「真奈」


「お父さん……怪我してない?」


「ああ、大丈夫だとも」


「よかっ……た……」


 ほっと安心したように微笑み真奈は眠りについた。


「本当に……無事でよかった……!」


 和馬は両手でしっかりと我が子を抱き抱える。


「さぁ、帰ろう。母さんが真奈の好物を作って待っているよ」


 和馬は自分の腕の中で眠る我が子を愛おしく思いながら誘拐犯のアジトを出た。



  ◇



 真奈が眠りから目を覚ますと目の前にこの世で最も好きな人がいた。


(あ、そっか私月城くんに膝枕されてそのまま……にしてもこんないい環境にいて悪夢を見るとは……)


 昔誘拐された時の記憶は彼女の中で今でもトラウマであり、忌々しい記憶だった。


「瀬戸さん大丈夫? かなりうなされていたけど……」


 悠真が心配そうな顔つきで真奈に聞く。


「実は少し昔の嫌な出来事を夢で見てしまったんです。ですから月城くんは気にする必要はありませんよ。」


 真奈はできるだけ元気な声を出しながら悠真に言い聞かせる。


(月城くんには笑顔でいてほしいです)


 その時不意に悠真が真奈の手を握った。


「こうしておけば、もう悪夢は見ないでしょ?」

 

 悠真の手は大きく、温かく、そして優しさがあった。

 

「ふふ、ありがとうございます。」


 再び真奈は眠りについた。


 今度の夢は確かに幸せな夢だった。


 それは大好きな人と結ばれる夢。


 




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誘拐犯から黒髪清楚の聖女様を守ったら、毎日甘やかされるようになった件 ぷらぷら @1473690623

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