第6話 聖女様のあーん

「もうほとんど治っているね。松葉杖はもうつかなくても大丈夫だよ」


「本当ですか!」


「うん、もう喧嘩しないようにね。」


「ありがとうございました!」


 俺は数週間後ぶりに自分の足で床を歩きながらご機嫌に病院を出た。


 やはり自分の足で歩くのは楽でいい。これで生活の不便さも無くなるだろう。


「でもこれで瀬戸さんとの関わりも消えるのか……」


 元々瀬戸さんは俺が怪我をしている間の家事などをやってもらっていたが俺が治った以上もうこれ以上瀬戸さんが家事をする義務は全くない。


 もしかしたら次あう時が最後になるかもしれない。もうお礼を言う機会もないかもしれない。


「最後くらい、何かしてあげるか……」


 その時ふと視界に行列が目に入った。


 並んでいるのは10〜20代の若い女の人達で皆楽しそうに雑談しながら順番を待っている。


 そういえば前に瀬戸さんが新しく有名なケーキ屋さんができると言っていたが今日オープンだったのか。


 瀬戸さんは甘いものが大好きだったはずだよな……よし。


 俺は決心し列の最後尾に並んだ。



 ◇



「結構待ったな」


 あれから1時間くらい並んでようやく目当てのケーキを買うことができた。


 一つ一つがとっても美味しそうで、とっても高かったがまぁこんなの彼女がしてくれたことに比べれば安いもんだ。


 俺はマンションのエレベーターに乗り自分の階を押した。


 そして扉が開くと俺の部屋の前に立っている少女がこちらに振り向いた。


「あ、月城君!」


「せ、瀬戸さん!?」


 その少女は間違いなく学校の『聖女様』、瀬戸真奈だった。


「ど、どうしたの? 今日はお世話もお休みでしょ?」


「家にいてもやることがなくて、来ちゃいました!」


 そう言って彼女は可愛らしく微笑む。この素晴らしい光景を額縁に入れて飾りたいくらいだ。


「ところで月城君、杖は……」


「ん? ああ、今日病院でもう外していいって言われたからもうしてないよ」


「おめでとうございます! ようやく治ったんですね!」


 彼女は眩しい笑顔で俺の怪我の完治を祝ってくれた。


「ありがとう、とりあえず立ち話も何だし中に入ろうか」


「はい!」


 瀬戸さんを連れ玄関を開けるとピカピカの玄関が見えた。


 以前はこの玄関も靴がごちゃごちゃしていたが瀬戸さんの協力で大分綺麗になった。


 瀬戸さんがいなくなった後も維持しなきゃな。


 部屋に入って上着を脱ぐと俺は瀬戸さんにケーキの箱を差し出した。


「これは?」


「いや、いつもお世話になってるからさ……そのお礼……」


「えっ! 私に……ですか? しかもこれ今日オープンのケーキ屋さんのじゃないですか!? 並んだでしょう?」


「まぁそんくらいわけないさ、喜んでくれて何よりだよ」


「ありがとうございます! わぁすごく美味しそう!」


 彼女は目をキラキラと輝かせて美味しそうなケーキ達を眺めている。これだけで1時間並んだ甲斐があったと言うものだ。


「あの、今二人で一つ食べませんか?」


「え?」


 予想もしなかった問いかけに俺は一瞬フリーズした。


「な、なんで」


「お夕飯も近いですし、それに二人で食べた方が美味しいです」


「で、でもそれは瀬戸さんのために買ってきたわけで俺が食べるわけにはーー」


「ダメですか?」


「……わかった。」


 その目はずるい。


 数分後ケーキの乗った皿と二つのコーヒーカップをお盆に乗せて瀬戸さんがキッチンから現れた。


「先に食べな」


「い、いいのですか?」


「もちろん」


「で、ではいただきます!」


 彼女はフォークでケーキを切り取り、くちのなかに入れた。


 その直後彼女が幸せそうにほっぺを抑える様子をみて俺も心の底から安堵した。


 どうやら気に入っえたようだ。


「これ、すっごく美味しいです!」


「そっか、それはよかったよ」


「ほら、月城くんも! はい、あーん!」


 そう言って彼女は俺にフォークを差し出した。


 こ、これってあーんって奴じゃないか? しかも間接キスなんしゃ!?


「どうしました、月城? 食べないんですか?」


「い、いただきます!」


 俺は覚悟を決め、フォークを口に入れた。


 チョコケーキの濃厚なチョコの味が口の中に広がり、とてもおいしかった。


「おいしい」


「ですよね、本当においしいです。」


 彼女は本当に幸せそうに呟いた。


「瀬戸さん今日まで本当にありがとね」


「ん? いきなりどうしたんですか?」


「いやだってさ、俺の怪我も治ったしこれ以上瀬戸さんが俺の世話をしてくれる必要はないよ」


「いえ、これからもずっとお世話されていただきますよ?」


 彼女はごくごく当たり前のようにケーキを食べながら言った。


「え、いやでも大変でしょ?」


「いえ、むしろ楽しいですよ? 月城君とのおしゃべりも、お料理も。」


 確かに俺にとっても彼女と話したり、一緒に食事を準備したりする時間は楽しく、かけがえのない時間だった。


「いい……の?」


「そういってますよ? だって私たちもうお友達じゃないですか。」


「友達……」


「はい、友達です! ですから今後ともよろしくお願いします。」


 自分は聖女様の近くにいるのは相応しくないんじゃないか、釣り合っていないんじゃないかと常に心の中で思っていた。


 でも君がそう言ってくれるならおれはーー


「ああ、またよろしく。瀬戸さん」


「ふふ、こちらこそ。さ、早く食べないとケーキ溶けちゃいますよ?」


「そ、そうだった!」


その後二人で仲良くケーキを楽しんだ。











 





 

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