第21話 聖女様と聖母様
由紀さんがぺこりとお辞儀をしたので俺もお辞儀を返す。
「こちらこそ初めまして、瀬戸さんと仲良くさせていただいてます月城悠真です。」
「ふふ、礼儀正しくていい人ね。流石私の娘は男の子を見る目があるわね。」
「ちょっ! お母さん!」
「はいはい、わかったわよ。さ、月城くん、座って」
そう促され俺たちはソファに座った。
そして正面に由紀さんが座ると速水さんがそれぞれの前にカップを置いていく。
「どうぞ、紅茶です。」
「あ、ありがとうございます!」
「速水さんありがと。」
「ありがとう、もう大丈夫だから下がっていいわよ。」
「畏まりました、それでは失礼致します。」
速水さんは深くお辞儀をして丁寧に退出していった。
そしてこの場には俺と瀬戸さんと由紀さんのみ。室内にしばらく沈黙が流れる。
え? なに? なんか喋らなきゃ!
頭を高速回転させて共通の話題を考えるが出てこない。こんなことになんらだったらちゃんと考えておくんだった!
俺が思考をフルで回していると紅茶を飲んでいた由紀さんがカップをコトリと置いた。
「そう緊張しないでください、取って食べたりしませんから。」
そのどこまでも優しい声に俺の緊張が少し緩んだ。
本当に『聖女様』のお母さんは『聖母様』だな。
「月城くん、あの時娘を守ってくれてありがとうございました。あなたがいなければ私は生きる希望を失っていたでしょう。」
「僕は当たり前のことをしただけですよ。それにほとんど警察の方達の力でしたから。」
「いいえ、あなたが時間を稼いでくれなければ娘はそのまま連れて行かれてしまったでしょう。ですからあなたはもっと自分がやったことを誇るべきですよ。」
誇ってもいいんだろうか……あの場でただ殴られ、蹴られるしか出来無かったこの俺が……
その時俺の頬に優しく手が添えられた。
「そうです、あの時月城くんのお陰で私は今ここにいます。このご恩は一生忘れはしません。」
瀬戸さんの手は白く、細いが優しく包み込むような安堵感があった。
いつまでもこの手の優しさを味わっていたいおもっていると由紀さんの目の前だということに気づいて一瞬で我に帰るが遅かった。
「ふふ、仲良しさんね。嫉妬しちゃうわ」
「こ、これは違うんです! いつもはこんなことはーー」
「あら? いつも通りですよね月城くん?」
まさかの裏切りに瀬戸さんの方を見ると彼女はイタズラっぽく微笑んでいた。
「あら、そうなの! 主人が帰ったら報告してあげなくちゃ」
「あ、あのそ、それだけは本当に勘弁してください……」
お父さんも絶対に超過保護なので何を言われるかわからない。
だが俺のそんな願いとは裏腹に由紀さんは無言でニマニマと笑うだけだった。
あ、瀬戸さんもよくしてるからわかる。これ絶対わかってないやつだ!
「ふふ、本当に面白いわね、月城くんは。」
「でしょ、お母様ももわかってますね」
「私そんな月城くんとじっくりお話ししたくなっちゃったわ。悪いけど真奈、少し席を外してくれる?」
「いいけど……月城くんに変なことしないでね!」
「娘の彼ーー……親友にそんなことするわけないじゃない。」
「月城くん、お母さんが変なこと言い出したら逃げてきていいからね。」
彼女は最後にそう告げて応接室から退出した。
こうして部屋には俺と由紀さんの二人きり。先程までは瀬戸さんがいてくれたからよかったものの、この空気感はきつい。
「いい子でしょ? あの子。」
「はい、とても優しくて良い人です。」
「自慢の娘なの。どこに出しても恥ずかしくない私たちの宝物。」
そう語る由紀さんは子を思う母親そのものでとても美しかった。
「さっきまで話していて確信したわ。貴方は信頼できる。」
「さっき初めて会ったばかりなんですが……」
「ええそうね、でも私は貴方を信頼に値すると思うわ。だってあの子があんなにも楽しそうなんだもの。」
「楽しんでもらえてるんですかね?」
「もちろん、あの子があんなに笑うの珍しいのよ?」
意外だ。普段からあんな感じだと思っていたが……。
「貴方になら話しても良いかもしれないわね……」
先程まで和気藹々と話していた時とはかわり由紀さんの表情が真面目な顔になる。
「貴方に伝えておきたいことがあるの……あの子のことについて。それを聞く覚悟が貴方にある?」
俺をまっすぐ見つめるその瞳は強い母親の意思のようなものが宿っていた。
そして俺は覚悟を決めた。
「はい、聞かせてください。」
「ふふ、本当にあの子はいい人を見つけたわね……では話しましょう。あの子に昔起こったことにつて」
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