第45話 聖女様のバレンタインチョコ

「今日は学校が随分と騒がしかかったですね」


「そうだね、みんななんか浮き足たってた」


 放課後いつも通りソファーでまったりタイムを過ごしていた俺は瀬戸さんにそんなことを言われバレンタインという言葉を用いず返した。


 バレンタインという言葉を使ってしまうと俺がチョコをめちゃくちゃ欲しがっているように見えてしまうからな。


「えっと……月城君、今日は何の日かご存知ですか?」


「何の日だろ?」


「むぅ……わざとやってますか?」

 

 拗ねたのか、彼女の頬がぷくっと膨らんだ。何だこの可愛い生き物は……


「俺の知る限りでは今日は恐らくバレンタインという日かな?」


「……当たりです」


 どうやら当たりだったようだ。これで違うと言われたら心が砕けるところだった。


「そう、今日はバレンタインです。月城くんは貰えましたか?」


 彼女はニヤニヤとしながら聞いてくる。だが残念、今年の俺は去年までの0男ではない。2個貰ってるのだから。


「……まぁ何個か」


「え?」


 俺がそう返すと彼女の顔が驚愕で染まった。


「それより瀬戸さんも女子から結構貰ってたよね」


 瀬戸さんも女子から大量の友チョコをもらっていた。


 手作りはあの二人にに食べないようにと言われているらしけど……他の市販品とかはどうするんだろうか?


 俺がそんなことを考えていると俺の袖がぐいっと引っ張られた。


 振り向くとそこには先程より更に頬を膨らませた若干怒り気味な瀬戸さんがいた。


「せ、瀬戸さんどうしたの?」


「誰に———」


「え?」


「そ、そのチョコは誰に貰ったんですか?」


 瀬戸さんは不安そうにそう聞いてきた。


 その顔はまるで欲しいものを誰かに取られてしまうことを恐れている子供のようだった。


「清華さんと水瀬さんに義理で一つずつもらったよ。」


「美来ちゃんと香織ちゃんにですか?」


「うん、二人とも優しいよ。流石瀬戸さんの親友だ。」


「あの二人は私の誇りですからね。でも、よかったぁ……」


 彼女は心から安心したようにほっと胸を撫で下ろしふっと笑った。


「あの二人私に内緒で月城くんに渡すなんて……今度ちゃんと言っておかないと」


「瀬戸さん?」


「いえ、何でもありません。では月城くんは本命チョコは一つも貰っていない……ということですね?」


「まぁ、そうなるね」


 今年も残念ながら本命は貰えなかった。


 まぁ貰ったところで今の俺は瀬戸さん以外の女性には興味を持たないだろうが。


「そうですか……ふふ。」


「どうしたの?」


「いえ、少し安心しただけです


「安心?」


「月城くんちょっと待っててくださいね」


 彼女はソファーから立ち上がるとリビングの方へと向かって行った。


 そして帰ってきた彼女の手にはベージュ色のおしゃれな紙袋が握られていた。


 彼女は少し恥ずかしがりながらも紙袋を俺に差しだす。


「こ、これ、私からも月城くんにど、どうぞ!」


 そう言い終えた彼女は耳まで真っ赤になっていた。


 そんな彼女がとても愛らしいと思いつつ俺は袋を受け取った。


「ありがとう、瀬戸さんからもらえるなんてとても嬉しいよ。ちなみにこれは義理かな?」


「……義理よりはもっと親しいものです」


「そっか、本当にすごく嬉しい」


 彼女も自分のことを少なくとも大切に思ってくれていることが何故かとても嬉しかった。


「今食べてみてくれませんか?」


「うん、感想も言いたいしね。」


 ラッピングを丁寧に取り、箱の蓋を取ると中には様々な色や形のチョコが入っていた。


 星型からハート型まで色んな形があり、とても見栄えがいい。


 それにこれは市販品ではなくおそらく———


「もしかして手作り?」


「はい、月城くんには私の手作りを食べて欲しくて」


「そ、そうなんだ……ありがと、俺のために作ってくれて。じゃあいただくよ」


「はい、どうぞ」


 箱から星型のチョコを手に取り眺める。


 綺麗に固められたチョコは美しい光沢を放っていて彼女の腕がいいことがよくわかる。


 うっかり眺めていると彼女が少し不安そうな目でこちらをみてきたので俺は彼女を安心させるように微笑みかけ、チョコを口の中へ入れた。


(丁度いい甘み……これはノーマルのチョコか……)


 甘すぎず、苦過ぎず、丁度いい甘みが俺好みであっという間に口からチョコが消えていた。


「気づきました?」


「もしかして先日のあれは……」


「はい、月城くんの好みの味を知るための調査です。高級チョコには敵いませんがいかがでしたか?」


「いや、俺はあのチョコより瀬戸さんの手作りチョコの方が好きな味だよ。」


 このチョコは俺の好みの味に完全に合わせられている。たとえ高級チョコでもそれには勝てない。


 彼女に自分の好みが知られていることに喜びを感じながらもう一粒口に入れた。


「それに瀬戸さんの手作りより美味しいものはないよ」


「ちょっと大袈裟だと思いますが……でもありがとうございます。来年も楽しみにしててください」


「来年もくれるの?」


「はい、これから毎年月城くんに送ります」


「ありがとう、俺も瀬戸さんにホワイトデーお返しするよ」


「ふふ、それは楽しみです」


 こんなやりとりを何年も続けたいと願いながら俺はもう一粒のチョコを口に入れた。


 そのチョコは甘く、思いのこもった味がした。


















 




 

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