第21話 艦隊防空

 スリン島近海で作戦行動中の国防海軍の二隻の空母の甲板には戦闘機と攻撃機が発艦の時を待っていた。


 甲板の最前線の戦闘機にハンス少佐が搭乗していた。最前線ということは発艦に使える滑走距離が一番短いということであり、つまり彼が一番の熟達者であることを物語る。


 既に暖気運転によりプロペラは回っており、計器にフラップ、エルロン、水平及び垂直尾翼の動作確認も済んでおり準備は整っている。


 艦載機が発艦時の揚力を得るため空母が風上に向かって全速で航行を始め、発艦の命令が下る。


 ランディングギアのブレーキを掛けた上でエンジンを全開にし、チョークと呼ばれるストッパーを外すよう甲板作業員にジャスチャーで指示した。


 機体のブレーキを解除すると2000馬力の出力を誇る空冷エンジンが機体を前へ前へと導く。空母が波濤はとうを切り裂く音をエンジンは掻き消して機体は甲板を駆け抜けた。


 甲板を飛び出すと一度ガクンと機体が沈み、甲板にいた者達からの視界から消えた。しかしすぐに空冷エンジン特有の乾いた響きを伴って上昇した。


 戦闘機隊が発艦を終えると続いて1t爆弾を抱えたシュトゥルム攻撃機が発艦し、最後に魚雷を抱えたシュトゥルムの雷撃隊が飛び立った。一路目指すは過日発見された帝国軍艦隊である。二隻の空母から百機を優に越える編隊が飛び立った。


 




 帝国軍艦隊


 国防軍編隊の接近をレーダーが捉えると空母マーズの艦長、マリーンマンは直ちに迎撃機の発艦と対空戦闘用意を下令した。


 直ちに艦内放送で艦隊直掩機のパイロットが呼び出され、パイロットは大急ぎで甲板上で迎撃時のために暖気運転がされている戦闘機へ向かう。


 対空戦闘を告げるベルがけたたましく艦内に響き、艦乗組員は弾かれた様に各々の持ち場へ走り出す。艦内隔壁を閉め、対空砲、銃座に着き、対空火器弾薬を弾薬庫から持ち出す。


 艦載機発艦のため空母は風上へと転舵を始め、戦闘機搭乗員はその間に機体の最終チェックを済ませる。とは言っても時間が逼迫している今、細かい箇所は無視して操縦桿を乱暴に回し、ペダル踏んで大雑把に確認を行う。空母の艦首が風上を向いた。もう細かい計器など見ていられない。


 発艦せよ、を告げる旗が振られた。チョーク外せ!と叫びながらコックピットの外に腕の肘から先を出して回す。


 すぐにチョークが外され機体はエンジンに引っ張られ加速を始めた。通常より遥かに多い戦闘機が迎撃に上がっていく。攻勢を企図していない今回の作戦で、帝国軍は国防軍による熾烈な迎撃を受けることを想定していた。そのため甲板には常に迎撃に上げるための戦闘機を通常より多く待機させていたのだ。


 だが全機を発艦させることは叶わなかった。まず、帝国軍の泣きどころとして、レーダーの探知範囲が狭いという事情があった。そのため敵編隊を探知してから迎撃機を全機発艦させる時間的余裕が無かったのだ。


 しかも運悪く国防軍の編隊は風上から迫っていた。つまり空母は敵編隊へ向かって全速航行をしたわけである。


 当然ながら一直線に進む空母はいい的であり、そのため発艦作業は中断し、途中で回避行動に移行せざるを得なかった。


 とは言えもともと艦隊直掩に上がっていた機も含めればかなりの数になる。数の利は帝国軍にあった。


 迎撃含めて、空戦において重要となるのは高度と速度である。この点、国防軍戦闘機隊は護衛のため攻撃機隊より高い高度を飛んでおり、さらに速度も十分あった。対して帝国軍迎撃機隊は上昇を続けていたため速度は大してなく、高度も不利。


 ハンス少佐は上昇のためにノロノロと飛んでいる帝国軍機を発見すると僚機を率いて攻撃にかかった。


 操縦桿を倒し、合わせてペダルを踏み込み機体を上下反転させ、次いで操縦桿を体に引き付け機首を敵機に向け急降下に移った。


 照準器の中で急速にその姿を大きくする敵機。敵のパイロットはこちらに気付いてすらいないようだ。


 敵機の鼻先に照準を調整する。ギリギリまで引き付けて引き金を絞った。敵機のパイロットは機関砲弾が撃ち出されるようやくその瞬間になって自分に向けられた切先に気付いたらしい。


 だがもう遅きに失している。パイロットの驚きを表すかのようにガクンと震えたがそれも一瞬のこと。続け様に20mm弾をエンジン、コックピット、主翼に喰らい、盛大な炎に巻かれると出来損ないの星屑みたいに墜ちていった。


 この20mmは過日四発爆撃機をいとも容易たやすく撃墜したのと同じ機関砲であり、同じ弾を使っている。重防御の戦略爆撃機すら易々と墜とすこの機関砲の前に戦闘機では問題にならない。


 陶器を思い切り地面に叩き付けるようなもので、まともに喰らえば飛行機としては完全に死ぬ。


 迎撃の帝国軍機が降りかかってくる国防軍機に気付いたとて速度がなくて満足な回避機動もとれない。蒼穹の空に次々と黒煙が尾を引く。

 

 形勢は覆しようがないほど国防軍有利だった。そもそも戦闘機の性能や搭乗員の練度からして違う。数だけは帝国軍が上だがそれだけでは如何ともし難い。


 練度の面で言えば、帝国軍は飛行機を操縦できても戦闘機として操ることはできなかった。普通に飛行機を飛ばすのとは違い急降下や急上昇を行わなければならないし、空中分解を起こさないための急降下制限速度もある。さらに速度帯によっては舵が固まって機動しにくい、最悪できないなんてこともある。


 バレルロール、それを応用したローリングシザース、ダイブアンドズーム、スパイラルダイブ、基本的な空戦機動の種類はこんなものだがそのどれもヨロヨロと行うばかり。


 例えば敵機に後ろにつかれた際、切り返しを多用することで一先ひとまず敵機、この場合は国防軍機の射線から逃げることがある。切り返しというのは俯瞰して見ればジグザグに飛ぶことだ。


 しかしその切り返しを敵機の照準の中でやってしまうのだ。そんなことをすれば敵機の照準に自分から収まりに行くのと同義で、しかも敵機に晒す自機の面積が大きくなってしまう。


 案の定、機体全体に被弾して火達磨になって墜ちていく。


 とは言え衆寡敵せず。多少の技量であれば数で押し潰せるもの。しかし連携、つまり編隊戦闘にによる数の発揮もできていなかった。


 帝国軍からしてみれば乱戦。国防軍からしてみれば秩序だった編隊戦闘。


 帝国軍機はそもそも射撃位置に占位することすらできず、できたとして簡単に振り切られるかシザースなどを組み合わせた編隊戦闘によってあっさり墜とされた。


 ハンス少佐も一度それなりの練度とガッツのある敵機に後方に占位されたが射弾は一度として機体の側を掠ることなく、編隊戦術のサッチ・ウェーブに絡み取られた。


 ハンス少佐の列機が放った20mm弾がパイロットごと敵機を撃ち抜くと、主人を失った敵機は黒煙を吐きながらゆっくり脈打つようにロールしながら海面へと消えていった。


 いよいよ最後の一機が黒煙を引きながら海面に激突、水柱を立てて海面下へとその姿を没し、とうとう迎撃機隊は文字通り全滅、帝国軍艦隊の上空は丸裸となった。

 

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