第37話
国防海軍艦隊は最新鋭戦艦二隻、その他戦艦二隻、重巡洋艦六隻、駆逐艦八隻。綺麗な単縦陣で突入してくる。
対して帝国海軍は戦艦は同数、その他補助艦の数は優っているものの砲戦をするには陣形が全くとれていなかった。
マッド艦長乗艦のフューリアスの主砲は16インチ45口径砲が3連装9門。対して敵最新鋭戦艦は45口径46cm(18インチ)砲が3連装9門。武装が全てというわけではないがやや見劣りするのは確かな事だ。
「敵弾、我が艦を
僅か三射目のことだった。戦艦の砲撃は銃のように点を狙うのではなく、散布界という一定の範囲に砲弾を落とすようにする。夾叉されたということはその散布界に収められたということだ。
狙いが定まったということであり、着弾地点を計算する必要がないため次の射撃からは発射速度が上がる。対してこちらはまだ夾叉はおろか至近弾にすら至れていない。
「敵艦発砲!」
艦を衝撃が襲った。踏ん張っていたにも関わらず体全体が浮き上がり
「損害報告!」
呻きながら艦の把握に努める。副長が伝声管を使い各所に報告を求めた。
「第三区画科員居住区に被弾!火災発生!されど戦闘航行共に支障無し!」
副長が報告を終えた瞬間、また艦に命中弾があった。艦内で続々と死傷者が発生する。医務室はフル稼働しそれでも足りないから通路に負傷兵が横たわる。
死者については無視されるか往来の邪魔にならないよう通路から退けられるか浴室に運ばれた。戦闘艦では死者は基本浴室に運ばれ、帰港するまでそこが遺体安置所となる。
再び艦隊戦に目を戻すと帝国軍の駆逐艦が国防軍の艦隊に向かって突撃を開始した。
「駆逐艦が突撃します!」
見張り員からの報告にマッドは視線を駆逐艦に向けた。教本に
敵戦艦に魚雷が当たれば沈まなくとも砲戦は継続できなくなるだろうし、当たらなくても回避行動を強要されるから砲撃は一からやり直しだ。やり直しという点に関してはフューリアスも同じだが、こちらはまだ敵艦を散布界に収めていないから敵艦ほどは困らない。
敵艦隊は重巡洋艦以下の艦艇が我が方の駆逐艦に目標を変えた。
「あ……」
波濤を蹴立てて進んでいた一隻の駆逐艦が巨大な火球に包まれた。轟音が響いた後、黒煙が消える頃には駆逐艦の船体はとうに海原に姿を没していた。敵弾によって魚雷が誘爆したのだろう。敵戦艦を沈められる威力を備えているものが一度に何本も誘爆したのだ。駆逐艦の船体で耐えられるはずがなかった。
マッドは内心で焦りを感じていた。突撃は統制がとれておらず、各艦がバラバラに突撃しているためモグラ叩きの様相を呈している。
一隻が炎に包まれて停止していた。上部構造物にも被害が目立つ。指揮系統が途絶しているのかダメージコントロールを行っている様子は窺えない。
別の一隻は既に傾き、沈み始めており、甲板から兵員が海に飛び込んでいた。
駆逐艦の状況に
「医官を呼べ!」
艦橋内を見てマッドは叫んだ。打ちどころが悪かったらしく数名が昏倒していたり血を流していたりしている。
フューリアスは弾薬庫を撃ち抜かれた。艦の全部、艦首側の砲塔直下に直撃弾を受け弾薬が誘爆、数千トンはある第一砲塔が宙に浮かび、舷側を掠めて海中に落下した。
フューリアスはかなり防御に気を遣って設計されている重装甲の戦艦だ。そのためこれだけで沈みなどしない。第一砲塔に隣接している第二砲塔も変わらず砲戦に参加している。まだまだこの艦は戦えるのだ。
「駆逐艦が魚雷発射!敵戦艦、針路を変えます!」
モグラ叩き状態にあった駆逐艦だが、それでも数の差を活かして突撃、射程内に敵艦隊を収めとうとう魚雷攻撃を敢行した。さすがに魚雷が発射されたとあっては敵戦艦も砲撃を続けることは出来ず回避運動に入った。
だが整然と回避され再び砲戦が始まった。敵の砲弾が突き刺さる中、とうとうフューリアスも命中弾を出した。命中の報告に艦橋内が湧き上がる。
だが冷や水を掛けるように凶報が飛び込んで来た。
「被弾の衝撃により第三砲塔旋回不能!ただし砲の昇降及び発砲は可能とのこと!」
「第二機関室に損害発生!速力半減します!」
ようやく敵戦艦をこちらの砲の散布界に収めたがこちらの方が遥かに深手を負っている。それでもマッドを苛むかのように悪い報告は止まらない。
「後続の戦艦アンガー、総員退艦が発令されました!」
アンガーはフューリアスより運が悪く、
フューリアスがアンガーの後を追うのも今や時間の問題だった。アンガーの状況を見た敵はより一層の闘志を
この時点で帝国軍艦隊はかなりの劣勢に立たされていた。空襲後の混乱につけ込まれたことに加え、技術力の差から砲戦は圧倒的に不利。駆逐艦が放った魚雷さえ全て回避された。
さらにフューリアス艦内も限界が近づいていた。度重なる被弾によって各所で火災が発生、ほとんどの人員がダメージコントロールに追われている。その活動でさえ砲弾によって抉られた艦内はただでさえ移動が難しく、伝声管や艦内無線も各所で寸断されており、とてもではないが組織的にできる状況ではなかった。
浴室も遺体で埋まりつつある。もう床に置けなくなって乗組員の戦死体の上にさらに重ねる。
被害が続出する中で一番まずいのがまだ機能している機関室が火災によって孤立したことだった。炎によって近づくことも待避することもできない。本来なら隔壁によって火災から防護されるはずがどこかから煙が入り込んでいた。
有毒煙を吸い込まないよう各員が防護面が着用したがこれで安心とはならない。何せ機関室内部は騒音と高温に包まれているのだ。騒音はこの際置いておくとして、ただでさえ暑い中、顔全体を覆う防護面をつけたのだ。呼吸が苦しくてたまらず、作業効率は落ちに落ち、熱中症によって倒れる者も出た。
次第に煙が充満し酸欠になり、とうとう人が生存していられる環境ではなくなりつつあった。艦の最重要部だからダメコン班もなんとかしようともがいたものの、火災の勢いは凄まじくどうすることもできない。
今や機関を停止せざるを得なくなった。機関室にいる全員が斃れた後も稼働していたら爆沈しかねない。
機関停止の報告を聞いたマッド艦長はいよいよこれまでと覚悟を決めた。もうこのフューリアスは船としての機能も喪失したのだ。
機関が止まったことで艦は行き足を失い、慣性に従って少し進んで停止した。敵の砲弾が艦前部と前方の海面を叩く。
敵弾によって第二砲塔の弾薬庫付近で火災が発生、誘爆阻止のために注水されたとの報告があった。完全にとどめを刺された格好だ。
「諸君、ご苦労だった」
マッドの発した言葉に艦橋内の空気が悲嘆に包まれた。マッドは続ける。
「戦艦としての機能を完全に失った今、この艦に無意味に固執して無駄な人死にを出すわけにはいかん。副長」
副長は悔しさに顔を
「はっ……」
「総員退艦だ」
「……はっ」
艦橋内にいる全員が唇を深く噛んだ。
フューリアスが停船したことで敵戦艦の興味は無くなったらしく、砲弾は飛んできていない。
『総員上甲板』。総員退艦の命令は艦内通信および伝声管を用いて通達された。それらが届かない場所にいる者には伝令が口頭で伝えた。
幸いにして浸水は発生しておらず、艦と共に大半の兵が運命を共にする、という事態は避けられそうだった。それでも負傷兵は悲惨で、自分で歩けない者は誰かの手を借りる必要があるが負傷兵全員を連れ出すことはできない。幸運に恵まれた一握りの兵は残された兵の生への呻きを振り払うように甲板上へと向かった。
マッドは艦橋内から救命艇が海面へ下ろされる様子や乗組員が順次海へと飛び込むのを見ていた。艦長の責務として退艦するのは最後だ。甲板上では副長を始めとした高級将校が後がつかえないよう退艦を監督していた。
そんな最中、敵駆逐艦の行動が目に止まった。双眼鏡を使って詳しく見たマッドは驚愕のため口を開けた。
魚雷発射管が動いており、明らかにフューリアスにとどめを刺そうと動いている。動かない戦艦はさぞかし狙いやすかっただろう。念を入れたのか二本の魚雷が放たれた。
水中爆傷の文字がマッドの脳裏をよぎる。水は衝撃を伝えやすい。爆発の衝撃波が内臓を傷付け、外傷が無いにも関わらず死ぬまで延々と口を肛門から血を吐き出し地獄の苦しみに悶え続けると言う。マッド自身は詳しいわけではないが腸が破裂していたとか内臓が液状化していたと小耳に挟んだことがある。
急いで退艦を中止させようとしたが流れは止められない。乗組員は右舷から退艦しており敵雷は左舷から迫っている。これが砲弾なら特に問題にはならなかったろう。だが魚雷は水中で炸裂するのだ。右舷まで衝撃が伝るだろう。
フューリアスに魚雷が命中すると知覚できるほどの早さで艦が傾き始めた。隔壁があるはずなのに、とマッドは驚いたがよく考えればそんなのはもう役に立たないと思い直した。
敵砲弾によって艦内は散々に破壊されている。海水は迷路でも進むかのように止まることなく入ってきているはずだ。
甲板を目指していた乗組員、負傷兵、そしてマッド艦長と共にフューリアスは大海原にその姿を没した。
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