第38話

 艦隊戦が行われた日の夜、帝国軍スリン島救援艦隊はとうとうスリン島に到達した。日はとうに落ちていたが揚陸艇を始めとして救命艇まで使って直ちに食料や医薬品の陸上げを始めた。効率は悪いがそんなことより寸刻を惜しんで物資を揚陸し、負傷兵を助けなければならない。


 第一陣は衛生兵が中心だった。上陸した兵はあまりの惨状に愕然とし目を瞠った。亡くなった兵士の埋葬なんてできないため密林の濃い緑を突いて死臭がただよっている。兵士は人間とは思えないほど痩せ細り、皮と骨だけの骨格標本のようにしか見えない。劣悪な衛生環境ゆえ傷口は化膿し、あるいは腐敗、壊死によって悪臭が周囲を漂う。死者と生者の見分けなんてつきやしない。


 大半の兵は救援が来たことの嬉し涙すら流す余力は無く、立つことができる者は極々一握り。上陸した兵のもとに這って行き助けを求めることができる者さえ半数に届かなかった。


 


 スリン島の戦いは最終局面を迎えた。帝国軍艦隊は到着後、直ちに負傷兵の治療および収容を開始し、収容までの時間を稼ぐために一個大隊規模の帝国兵が上陸した。


 この局面において制空権は確立されていなかった。国防軍は航空基地の復旧を推し進めているが帝国軍が傍観しているはずもなく、しばしば少数の艦載機を差し向けては作業を妨害していた。実際に突入まではしなくても敵機接近とあれば作業は中断せざるを得ない。


 両軍のまともな航空戦力は空母艦載機のみであり、スリン島にいる部隊に十分な航空援護ができているとは言えなかった。国防軍は航空基地復旧が進んでいるが十分な数の航空機を常時稼働させることは不可能で、上空哨戒機も必要だから精々数機の攻撃機と護衛の戦闘機を差し向けるのが関の山だった。


 ならば敵の空母を叩こう、という両者考えたが実行するのはかなり難しかった。


 帝国軍は攻撃機および爆弾、ロケット弾を大量には持ってきていない。また現在までに半数以上の攻撃機を失っており、たとえ敵艦隊攻撃に踏み切ったとしても迎撃と対空砲火を掻い潜れるかは怪しい。


 また国防軍も同様だが、陸軍への航空支援も行わねばならず、両方とも行うことはできない状況だった。


 そして両軍とも近接航空支援を優先していたため近距離に空母がいながら(しかも国防軍は帝国軍空母の大まかな位置さえ判明しているのに)空母同士の戦闘が起こらないという奇妙な状況にあった。


 スリン島での戦闘の様相は大きく変わった。帝国軍は健康な兵士が弾薬の心配をすることなく、戦車にも対抗できるようになった。


 戦車は揚陸されていないから対抗手段はバズーカ、もしくは近接航空支援になる。狭い密林内での戦闘ということもあり、バズーカを射撃する際は後方爆炎(バックブラスト)に特に留意しなければならないがまともな対抗手段が手に入ったのは大きい。


 国防軍の四型中戦車は追加装甲を付けており、一度の直撃なら耐えられる。しかし一撃目で追加装甲は吹き飛ぶため同じ箇所にニ撃目が来ると防ぎようがない。一応バズーカは成形炸薬(HEAT)弾なので貫通した先に弾薬や燃料がないと撃破には至らないがそれでもダメージは受ける。今までは撃ってきても一度だけだったため大して効果はなかった。それが今や帝国軍は制限無く撃つことができた。


 戦闘自体は機甲戦力の無い帝国軍がジリジリと押されているものの、時間稼ぎという目的を考えれば上出来と言えた。


 国防軍にとって戦闘は敗残兵狩りじみたものから正規軍同士の衝突になった。



 ×××××××



 戦車兵クルツ少尉はキューポラから最低限顔だけを出して周囲の戦況を窺っていた。


 地形としては前方左右に5mほどの高さの木が生え茂る丘で、そこで帝国兵がこちらに対峙している。


 前方の密林内の帝国兵は過日と違い潤沢に銃弾を浴びせてきた。ガンガンと銃弾が戦車の装甲の表面で弾ける。


 車体の機銃も砲塔の同軸機銃も忙しなく撃ち続ける。


 味方歩兵は敵の銃撃に前進の機会を掴めないでいる。今こそ戦車の装甲を活かして前進する時。


 突然前方100mくらいでバックブラストが吹き、バズーカの弾頭が戦車の前に着弾した。


 「クソッタレ!」


 クルツは短く毒付くと車内に引っ込み指示を出す。


 「砲手、味方は横から後ろにしかいない。前で動くやつは片っ端から撃ちまくれ。操縦手、ゆっくり前へ」


 高らかにエンジン音を響かせると戦車がゆっくりと前進する。


 「左に敵だ!多分バズーカだ!二人はいるぞ!」


 車体の機銃を使う無線手が怒鳴った。バズーカ、の言葉にすぐに砲手も反応し無線手が機銃を撃ち込む箇所に榴弾を叩き込んだ。念には念をで二発目を撃ち込んだ。なんせ対戦車火器持ちだ。下手したら殺される。


 それでも75mm砲の榴弾二発におそらく優に100発を超える機銃弾を見舞った。生きてないだろう。


 戦車はゆっくりと進む。砲手は前方のマズルフラッシュが見えるところ全てに榴弾を撃つ。


 砲手が撃つと砲尾ほうびが後退し自動で閉鎖機が開くと空薬莢が排出される。バスケットに空薬莢が落ち他の空薬莢とぶつかりカーンと甲高い金属音を立てる。装填手は素早く、その音が鳴る前には既に次弾の装填を終えている。


 「装填良し!」


 そして再び砲手が撃ち装填手が装填する。


 榴弾で地ならしを終えたところで歩兵が前進した。クルツは味方撃ちを避けるために砲手に指示を出す。


 「砲撃中止、以降は機銃で対処しろ。味方に注意」


 味方が丘の麓に取り付き登り始めた。反撃の銃火は少なかった。

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