第43話 応急救護所
スリン島において唯一帝国軍が使用可能なトロン港。そこの倉庫内の臨時の応急救護所でサマリー軍医少尉は全精力を傾けて治療にあたっていた。ここは野戦病院から沖の補給船までの中継地だ。
サマリー軍医にとってありがたいことに野戦病院は近くにないため鼻にこびり付くような腐臭は無い。野戦病院の方に行った軍医仲間はあまりの惨状に飯が喉を通らなくなったらしい。
普通、軍人はどんな状況でもとにかく飯を食べるよう訓練されている。
しかし食べられなくなるのも当然の惨状だった。一番の問題はやはり悪臭だ。人体の腐敗臭、糞尿の臭い。もうあらゆるところに考え得る限り最悪の臭いが染み付いてしまっている。
その主な発生源である万単位の戦死体の焼却処理のために急遽大量の火炎放射器が集められ工兵によって運用されていた。
戦死者とその遺族には申し訳ないが遺体を収容し持ち帰ることはできない。そんなことをしている時間は無いし既に大半の遺体は腐乱しつつある。
国防軍はの嫌がらせも兼ねていくつかの死体を集めてあるところはそのままにしておく予定だし、もとより全てを焼却処理はできない。
しかし病院に近いところは感染病防止の観点から徹底的に焼き払わなければだった。
サマリー軍医が負傷者に抗生剤を注射している時だ。いきなり爆発音がして倉庫内にも砲弾が一発突き刺さってきて爆発した。爆風にあおられてサマリーは飛ばされるように転倒した。
砲撃が止まない最中、慌てて体中を触って幸いなことに負傷していないことを確認した。
しばらく伏せた状態で耐えているとピタッと砲撃が止んだ。
爆発音の代わりにあちこちから悲鳴が聞こえてくる。どうやら自分がいる倉庫には最初の一発しか命中弾がなかったようだが外には結構な数の砲弾が着弾したらしい。
「衛生兵ー!」
「助けてくれ!」
負傷し戦えない者にさらに鞭打つのかと憤りを覚えるが今は救助が先だ。
倉庫に命中した砲弾は天井を突き抜け地面で炸裂したようだ。幸い、と言うには酷な状況だが負傷者は床に寝かされていたから広範囲に砲弾の破片が飛び散りはしなかった。人体が破片を受け止めたのだ。それでも軽く見た感じ死傷10人はいるだろうか。
サマリーは倉庫内の負傷者の処置を終えると外の負傷者の処置に取り掛かった。当たり前だが遮蔽物の無い分、外の方が被害は酷かった。
特に揚陸艇が接舷している部分は岸は酷かった。揚陸艇に乗るのを待つ重傷者がタンカに乗せららて横たえられ、軽傷者もしくは病人は座って順番を待っていた。何の予兆も無くそこへ容赦無く砲弾が襲い掛かったのだ。
サマリーの知るところではなかったが、国防軍砲兵隊はこの時近接信管を搭載した榴弾を使っていた。近接信管を砲撃に用いると砲弾は地面から一定の高度で起爆、大量の破片を周囲に飛散させる。屋外にいた者は頭上から降り注ぐ破片に退避できる場所も無く体を切り裂かれた。
乗船の待機列がそのまま死体に変わってしまった。100人単位で死んだろう。
海では揚陸艇が三隻沈んでいた。二隻は破片が船底を貫いたのだろう、海に浮かんでいる状態からそのまま沈んだようだった。一隻は横転した状態で沈んでいる。
他にも接舷していた数隻が損傷を受けたようで乗員が応急修理に奔走している。一隻は船底に穴が空いたようで浸水に対処しながら必死に塞いでいる。
海面に漂う死者の死因は何だろう。砲弾の破片が原因でない場合、彼らは沈む艇から逃げ出せず、或いはそれだけの体力が無くて溺死したことになる。
もうすぐだった。彼らはもうすぐ沖の艦艇に収容されてこのスリン島から帰還できた。それが最後の最後で溺死した。あと一歩。彼らの無念たるや思い測ることさえできない。
せめてサマリーは生存者の救助に取り掛かった。
国防軍は散発的に港へ砲撃を行っている。恒常的でないのは、第一に恒常的な観測手段が無いこと、第二に制空権が確率されていない現状で長時間砲撃を行うと敵機に捕捉されるかもしれないこと、最後に前線への砲撃支援も行わなければならないからだ。
砲撃が終わると再び揚陸艇を使って次々と負傷兵が沖の補給船へと運ばれていく。ただ補給船には本格的な医務室が無いため手術が必要な者についてはそこから軍艦に収容される。
度重なる潜水艦と空母艦載機の襲撃により帝国軍艦隊も輸送船団もその数を減らしていたがそれでもスリン島に展開している陸軍全員を収容する力は残されている。
全員を収容するのに掛かる時間は長くて二日。それまで耐えるべく、スリン島最後の陸戦は熾烈を極めることになる。
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