第27話 反撃

 空母マーズの飛行甲板に再び戦闘機、艦上爆撃機、艦上攻撃機が並び、発艦の命令を待っていた。


 過日の戦闘において1トン爆弾二発、魚雷一発の大損害を負ったがなんとか航空機を発艦させられる程度には復旧していた。


 しかし飛行甲板を復旧させたのが精一杯で、補給すら碌に行えず、修理なんて夢のまた夢だった。何せ整備に使う機材の一切が消し飛んだのだ。


 さらに航空機を格納甲板と飛行甲板とを往復させる空母のエレベーターは艦後部の一つしか動かすことができない。それはつまり着艦した航空機の収容に多大な時間が掛かることを意味する。


 損耗した分の航空機及び人員は補給船団から補充したが、そういった人材は対空火器の取り扱いや航空機の扱いに長けていても艦のことは知らない。つまり空母マーズにおいては自分の狭い専門性しか発揮できず、ダメージコントロールなどはできないということだ。


 そう言えば損害の酷さを表すかのように昨日艦底部の一区画で異臭があって戦死体が一体発見されたそうだ。損傷復旧にあまり関係のない場所だったために見逃されていたらしい。


 ともかく、あとは発艦するだけの艦上機部隊の目標は過日このマーズに痛打を与えた国防海軍の艦隊だ。偵察機が敵艦隊に接触後すぐに撃墜されたため規模や詳細は不明だが電報から空母がいるのは確実だ。


 マーズが風上へ向け全速航行を始めた。


 アリル中尉は愛機である艦上爆撃機のコックピットから前方の艦戦部隊が発艦していく様子を見ていた。


 アリルの前の艦戦が滑走し、甲板を蹴って少し沈んで浮き上がった。


 そしてアリルの番だ。エンジンを全開にしチョークを外した。1200馬力のエンジンが1000ポンド(454kg)爆弾を抱えたネイビーブルー色のの機体を前へと引っ張る。


 ガタンガタンと応急処置の飛行甲板であることを示すように普通より大きく機体が揺れた。それでもしっかり加速して揚力を得ると甲板を蹴って空へ舞い上がった。やはり爆弾を抱えていると機体が重い。


 艦隊上空で編隊を組むと一路、敵艦隊へ向け駆けていった。




 国防海軍の艦隊の端に位置する駆逐艦のレーダーが接近する大編隊を捉えた。


 直ちに対空戦闘用意が発令され艦隊上空の直掩に当たっていた戦闘機は無線で誘導され敵編隊の迎撃に向かう。


 空母の甲板では当直の飛行士が慌ただしく戦闘機に乗り込み発艦していく。


 「こちらタンホイザーよりカニンヒェン、敵編隊は貴機の前方800m、高度1km下だ」


 空母からの管制に従い迎撃機は一路エンジンを全開に吹かせて帝国軍編隊を目指す。


 カニンヒェンのコードネームで呼ばれた迎撃機隊の編隊長は前面下方、ともすれば簡単に見失いそうになるほど小さい複数の機影を目視で確認した。


 「こちらカニンヒェン、敵編隊発見。誘導感謝す」


 管制との無線通信を編隊内に切り替え、敵機発見を意味するバンクを自らの列機に送ると先陣を切って切り込んで行った。


 機体が空気を切り裂きながら敵編隊へと急降下、コックピット内から機体を震わせる空気が聞こえる。


 慌ただしく散開する護衛の戦闘機は無視して爆弾を抱えたまま母艦へ迫る艦爆を狙う。


 バラバラになった艦戦と違って艦爆は動きに多少の動揺こそ見られるものの、編隊を維持し防御機銃で反撃してきた。


 7.62mmの2連装機銃でこの戦闘機を撃墜することなど望むべくもないが、そも防御機銃は敵機の撃墜を目的としていない。こちらに襲い掛かる敵機に対し射撃を行うことで敵機の正確な射撃を妨害するものだ。豆鉄砲とは言え編隊が一丸となって射撃を行えば結構な威嚇になる。


 しかし国防空軍のパイロットにこれっぽっちで怯むような奴などいない。カニンヒェンのコールサインで呼ばれたパイロットも視界に入る一才合切の曳光弾を無視して照準内に敵艦爆を納めるべく細かく機体を操る。操縦桿を軽く引き付けフットペダルを踏み自機を敵機に覆い被さるように導くと敵機の鼻っ柱、プロペラの先端目掛けて射撃した。


 20mm機関砲から放たれた白の曳光弾が敵機に吸い込まれる様に飛んでいき胴体部分に多数命中し火花が飛び散る。怯えた表情を見せた操縦手と機銃手は一瞬の内に死んだ。風防や計器類が滅茶苦茶になったコックピット内には脳漿や肉片、おびただしい血が撒き散らされた。エンジンから出火したその艦爆は戦死した搭乗員二人の肉体を抱いたまま無軌道に墜ちて行った。


 一撃離脱戦法に従い艦爆隊に一撃を加えた国防軍戦闘機隊は降下で得た速度そのまま離脱して行く。


 少数の戦闘機が乱戦でもって敵艦戦を拘束している合間に次々と艦爆隊に襲い掛かる。編隊を維持し続けるなら一定の速度で一定の進路を進むのだから絶好の的。もし編隊からはぐれた奴がいたら防御火力が少ないからどちらにせよ下し易い敵機。


 カニンヒェンと彼の列機は再び敵艦爆隊上方に占位すると周囲にこちらを狙う敵機がいないことを確かめると敵艦爆目掛けて急降下に移った。


 機は鷲が獲物を狩り取るが如くグングンと敵機に迫る。鷲の様に研ぎ澄まされた目で敵機を捉えると再び射撃を見舞った。


 今度は左翼に命中し翼内燃料タンクから激しく出火、左に滑る様にどんどん高度を落としていく。左翼の揚力が著しく失われているためあれはもう助からない。


 やがて操縦不能になり機首が海面を向いた。そして急降下で速度が上がり過ぎて速度超過になり金属の断裂音とともに左翼が引きちぎられた。


 周囲の空域に目を巡らせるとこちらを猛追する敵戦闘機が見えた。今、自機は敵艦爆の編隊から離れつつある。戦術的に考えれば護衛機が護衛目標から離脱していく敵を追う必要はない。どころか自分から護衛目標から離れるのだから悪手そのものだ。


 こちらを追う理由は分からないし、知る必要もないが、降下で速度を得つつ追ってきたようで振り切れるか怪しい。そして仮に振り切れたとして後ろからついてこられては三度敵艦爆を攻撃する時の邪魔になる。


 そこまで素早く考えをまとめるとこの敵戦闘機を撃墜することに決めた。


 操縦桿を左に倒し左のフットペダルを踏み機体を165°の角度、操縦桿を思い切り引き付けた。水平に飛んでいたのを下左斜めに急旋回した形だ。


 敵機に射線を合わせられる直前、機を捻り機首を海面に向け、敵機に横を向けることで被弾面積を極小化させた。敵機に向かって右翼が突き出している状態だ。敵機は射撃したがその弾は一発として自機を捉えることはなく、機体後方に赤い光跡を残して空の彼方へと消えて行った。


 風防の端に映る敵機を目で捉え続ける。敵機はこちらを追い越した後、再びこちらを射線に捉えんと旋回している。こちらも左に機体を捻り機首を持ち上げ敵機に食いつかんと追う。


 こちらは左下から右上に、敵機は左上から右下に、ローリングシザースの形だ。旋回半径はこちらの方が狭い。最初のループで最短の半径で旋回せずに楕円を描くように上昇した。


 速度を活かして一度大きく上へ抜け反転、降下に移ることでバレルロール中の敵機の上方背後を取った。敵機はこちらの動きに気付き急いで回避機動に移るが余裕で射線に捉えた。一度大きく上昇したのは敵機との距離を離し、余裕を持って照準するためでもあるのだ。


 旋回中の敵機目掛け引き金を引いた。両翼から放たれた20mmが敵機の両翼の付け根を貫くと、機体外板が剥がれ、吹き飛ばされ空中に舞う埃のようにパラパラと落ちていく。


 空気抵抗が急激に増大したで主翼の構造材が破断した。敵機は翼をもがれた鳥のようだった。ただ胴体だけになって重力に引かれて落ちていく。

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