第26話 対空砲火のその先に

 帝国軍艦爆隊は迎撃により六割を越える損害を負いながらも、なんとか敵航空機による迎撃を掻い潜った。


 しかしそれ以上に悲惨なのが魚雷を抱えた艦攻隊だった。魚雷が爆弾より重い分、必然速度も艦爆隊より遅くなる。しかも爆弾と違い魚雷は命中すれば喫水線下に損害を与え浸水を引き落とす分優先して迎撃対象にされた。結果として八割を越す損害が既に出ているのだ。


 そして艦載機による迎撃が終わったということは次は対空砲火が待っている。


 最初は艦砲である46cm砲が火を噴いた。9門の斉射で一個編隊四機の艦攻が一度に撃墜された。


 アリル少尉はその光景を見た。低空を飛ぶ艦攻四機編隊の前で巨大な爆発が二つ起き、もうもうと巨大な黒煙の塊が現れる頃には艦攻は粉微塵に雲散霧消してしまった。


 さらに帝国軍編隊が迫ると88mm高角砲、40mm始め各種機関砲も対空射撃に加わった。


 アリルのコックピットの先、雲間にチラリと見えた敵艦隊の無数の航跡はあっという間に対空砲火によって遮られて見えなくなった。


 尋常ではない数の砲弾の炸裂による黒煙はまるでカーテンだった。敵艦隊と自分達とを隔てる屋根。触れるどころか近付いただけで致命的な破片が飛んで来る。だからといってケツをまくって引き返したりはしない。もとより対空砲火に飛び込むのが急降下爆撃機乗りだ。


 固く操縦桿を握り込んだ。対空砲火は凄まじく絶えず周囲で炸裂する砲弾によって機は恐ろしく揺さぶられる。もう真っ直ぐ飛ぶことすらできない。


 「各機、間隔を広げろ!」


 対空砲火に晒されながら密集状態で飛ぶことは得策じゃないと最低限の編隊を保ったまま各機に散開するよう命令した。


 一機、被弾してほうきの尾を引くように燃えながら落ちていく。


 一機、機体の真下で砲弾が炸裂し両翼の燃料タンクが火災を起こした。両翼下から炎を吹き出しながら海面へ垂直に突っ込んでいった。


 一機、連続した40mm砲弾の連続した至近弾で次々と主翼、尾翼、胴体がバラバラになって墜ちていく。


 ここまで艦爆隊に被害が続出するのには国防軍の信管に理由があった。VT信管。近接信管とも呼ばれるこの信管は従来の時限信管と違い航空機が近付いたら炸裂する。


 従来の対空砲は敵機敵機の高度及び速度を測定、敵機の未来位置を予測し砲弾がそこまで到達するまでの時間を計算、時限信管を調定した後ようやく発射となる。


 当然敵機の未来位置が違ってたり時限信管の調定を正しく行えていなければ有効弾にならない。そして時速数百kmで移動する航空機相手にこれを繰り返すのだ。


 しかし近接信管なら敵機の未来位置に正しく射弾を送り込むだけでいい。そうすれば後は信管が近付いた敵機を検知して自動で炸裂する。


 一々時限信管の調定をしなくて良い分発射速度も上がる。


 そうした結果出来上がるのが艦隊上空を覆い尽くす、砲弾の炸裂によって生じた点々とした無数の黒煙だ。


 一機、また一機と絶え間なく墜ちていく。


 ようやくアリルは国防海軍艦隊外郭の上空に辿り着いた。無数の黒煙と砲弾の炸裂で絶えず激しく揺さぶれるために周囲を把握することすら難しい。辛うじて自分と隣の編隊の位置が確認できる程度。


 敵艦に近付いたことで30mmや20mm弾も撃ち上げられてきた。


 火力網。まさに網としか形容できない。飛んで火に入るなんとやら。誘われたわけでなく自らの堅固なる意志と元飛び込んでいるわけだがそうとでも自嘲しないとやってられない。


 狙いを変えるべきかもしれない。第一目標はもちろん海上における航空戦力の要となる空母だが、この弾幕を突破できるか相当怪しい。ならば第二、第三波のためにも空母以外の艦を沈め対空砲火を減らすのも良いだろう。


 一機、砲弾の炸裂で右翼をもがれて墜ちていく。


 一機、左翼を機関砲弾に貫かれた。火災こそ起こしていないが複数発の被弾により手痛いダメージを受け揚力のバランスが崩れた。左翼が引きずられるようにして高度を落としていったがやがて舞い落ちる木の葉の様にスピンしながら墜ちていった。


 アリルは当初の予定通り輪形陣中央にいる空母を目指し、とうとう攻撃に移るところまで来た。急降下に備えてエンジン出力を絞りエアブレーキを展開する。


 操縦桿を押し倒し機体を前傾させ約60°の角度で敵空母に迫る。眼下では敵空母が面舵で右に回避機動をとっている。


 後席で防御銃手が高度を読み上げる。回避機動をとる敵空母に合わせてアリルも機体を動かし爆弾の命中を狙う。


 目の前を無数の曳光弾がよぎる。空母の対空機関砲の発砲炎がはっきり見える。


 怯みそうになる情報を全てシャットダウンしようと努め、全神経を極めて集中させてただ爆弾を当てることだけを考える。


 「食らえぇっ!」


 正にここ、というタイミングで一千ポンドの火の玉を放った。胴体下、投下索で支持されていた一千ポンド爆弾が放たれた。


 海面に激突しないようすぐに操縦桿を全力で体に引き付けた。重いGが体にのし掛かり視界が暗くなっていく。血が脳に行きブラックアウトと呼ばれる現象を起こしている。


 最終的には気絶するものだがそれより前にアリルは水平飛行に戻った。スウっと視界が明るさを取り戻す。

 

 「結果は!?当たったか!?」


 アリルは後席に怒鳴るように尋ねた。


 「ダメだ!外れた!」


 「クソッ!!」


 事実、アリルの放った爆弾は海面に逸れて空母には当たらなかった。


 悔しさのためにガン!とアリルは計器板を叩いた。


 

 一機の艦爆がアリルの後を追う様に空母を目指していた。


 バン、という爆発音が至近で聞こえ激しく機体が乱暴に揉みくちゃに揺さぶられた。まるで地面に叩き付けられたアルミ缶の中にいるみたいだ。同時にガンガンと大小無数の破片が機体に食い込む音も聞こえた。


 「ぎゃあっ……!」


 後席から刺す様な悲鳴が聞こえた。


 「おい!おい!大丈夫か?」  

 

 何度問い掛けても反応が無い。振り返って後席を見ると防御銃手は血塗れでぐったりしていた。もう死んでいるだろう。


 機体の状態を確認すると機体後部と右翼の損害が酷い。機体後部は穴だらけ。尾翼も一部が破片に貫かれている。右翼からは大量の燃料が漏れて夥しい黒煙を曳いている。エンジンからもガラガラと何やら異音が響くし回転も不規則、機体が振動し始めた。


 もう母艦へは帰れない。


 敵空母上空に辿り着き不安定な飛行状況ながら急降下に移る。一矢報いてやると爆弾を抱えたまま鬼気迫る表情で空母の甲板を睨み付け機を操る。爆撃するつもりなどない。どうせ帰れないのだ。ならば確実に損害を与えるべく体当たりしてやる。


 それでも。


 「クソッタレェェッッー!」


 荒ぶる機体を卸すことができず機は海面に突っ込んだ。水柱が高々と立ち昇り、次いで爆弾の爆発で黒い水柱が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る