第27話 橋を確保せよ
特別工兵連隊の一隊に橋を確保せよ、との命令が下った。
国防軍の進撃路上に一箇所、川幅の平均が100メートルの大河が流れている。そこに掛かる橋を落とされたくないのだ。もちろん架橋機材は用意しているが森林地帯ゆえ道幅が広くなく、架橋機材を前に出すだけでも苦労するのだ。というかいくら架けられるといっても時間は食うのだから好ましいはずがない。
ある日、前線に四十名ほどの男が姿を現した。一般の部隊ではまだ全員が持っているわけではない突撃銃を狙撃手を除く全員が装備している点からしてただ者ではなかった。
ひさし部分が切り取られた形のヘルメット、細かい破片模様の迷彩スモックに右膝横部分にポケットがある灰緑色のズボン、フロントレースの編み込み式のブーツ。
攻勢開始時、月降る夜にランド少将を殺害した特別工兵連隊の別の部隊だ。
夕刻、日が沈む直前に部隊は動き出した。普通なら夜襲に備えて動かない時間帯だ。
全く無言にも関わらず完璧に統制された動きで密林へと消えて行く。
帝国軍の歩哨線は、兵数が足りないから密度が全くなくスカスカだ。
一行は普通の兵士なら進まない悪路を選んで進んで行く。もちろん見つからないよう万全を期すためだ。もとより行軍すら難しい地形、栄養不足の帝国兵ではパトロールさえできないだろう。
翌日、何の問題も無く帝国軍の警戒線をすり抜けた一行はやはり密林の中を進んでいた。木々や草木が生い茂る道無き道を先頭がマチェーテで強引に切り開きながら歩く。武器弾薬や食料、その他諸々の装備品の重さは30kgを越えており、凹凸道のため尋常でないほど体力を消耗する。肩にリュックサックの肩紐が食い込み痛い。
味方の攻撃機が敵を攻撃したのだろう、どこからか爆発音が響き黒煙の臭いがただよってきた。航空優勢は完全に国防軍が握っており、スリン島上空を飛ぶ帝国軍機は皆無だった。対空警戒をしなくて良いというのは喜ばしい。
警戒しなくて良いということはその分集中力を使わなくて済む。それに一機でも敵機が飛んでいると歩兵は日陰者の虫みたいにその場に這いつくばらなければならなくなる。
少なくとも軍のパイロットは些細な違和感を探し出すのが得意だ。いや、必須と言っていい。どこまでも広がる大空の中から粒にも満たない敵機を先に見つけ機先を制すのが戦闘機乗りにとっては重要だからだ。
この部隊の隊長である少佐は中尉の時に受けた特別工兵連隊の偽装の訓練を覚えている。
今の様に敵の前線を隠密裏に突破して目標に到達するという設定で、敵機役の戦闘機が時々上空に飛来した。
自分ではしっかり偽装を施してしっかり草木の影に隠れたつもりだったのにかなり簡単に見つかってしまった。
そして一度見つかってしまったなら歩兵は無力だ。個人携行が可能な対空火器などない。機関銃を敵機に向ければ無理矢理できるかもしれないがそれでもダメージなど与えるべくもない。
先頭を進んでいた兵士が止まれ、とジャスチャーをした。全員が近くの遮蔽物に身を隠ししゃがみ込む。
先頭付近にいた少佐のもとにジェスチャーで血の匂いがする、と伝わってきた。そこで少佐は二人を索敵へ送り出した。
負傷兵が取り残されのだろうか?いや負傷兵じゃなくて戦死者かもしれない。死んで間も無いなら腐敗臭はしないはずだ。
事前情報ではこの辺りに帝国軍の施設は発見されていない。もっとも航空偵察による情報なので生い茂る木々の葉に遮られて見つけられなかっただけかも。
索敵に出た二人は100mほど先で見るからに急拵えの救護所を見つけた。負傷した兵を地べたにそのまま寝かせ、せめて日差しを遮れるように薄汚れた一枚の布のテントが設営されてある。
風下からさらに接近すると30人ほどの負傷兵がいた。黒煙の臭いはさらに強まっており、おそらく先程の空襲を受けて負傷した兵を集めているのだと思われた。
衛生兵と思われる兵士の他に武装した三人の兵士がいた。内一人は行動からして上官だろう。何やら忙しなく軍医と兵隊二人に指示を与えている。
医療活動ができているようには見えなかった。
スリン島の帝国軍は補給を全く受け取れていない。満足な医薬品が無いからせいぜい水を与えるとか、血を拭うとか、苦痛を幾分か和らげることしかできていない。どうやらモルヒネなんかも無いようだった。
ここまでを確認して二人は戻った。
報告を受け部隊は迂回進路をとった。
部隊が応急救護所を背後にしてほんの少し。パン、と銃声が聞こえてきた。帝国軍で広く使われている拳銃の発砲音だ。
反射的に全員が身を伏せ、小銃の安全装置を解除した。
発見されないように大回りしたが、例えば休憩で外した敵に偶然見つかったのかもしれなかった。
しかしすぐにどうやら違うようだと気づいた。
パン、パン、パン、と一定の間隔で発砲されているのだ。これが意味することは一つ。もうどうにもできない負傷兵を、せめて苦しむ時間が少なく済むよう”処置”しているのだ。
ああはなりたくたいものだ。繰り返される発砲音を全員がそう思いながらその場を後にした。
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