第14話 爆撃機の積荷

 スリン島から西方向の上空


 群青の空を40機の帝国軍四発爆撃機、B/17が飛んでいた。ガチガチの装甲による重防御と銃座を備えているこの帝国軍の戦略爆撃機のあだ名は空の要塞。


 のだがよく見てみると側方及び前方銃座が取り外されており、その防御力を減じさせていた。これは機銃分の爆弾をより積み込もう、という攻撃精神の発露という訳ではなかった。そもそも彼らの任務は爆撃ではない。スリン島の帝国軍部隊への補給である。爆弾倉には下ろした機銃と人員分の補給物資が搭載されていた。


 現状、帝国軍の採れる輸送手段は爆撃機による物資投下か潜水艦による輸送しかない。輸送機もあるが爆撃機以上に脆く遅いため、40機が飛び立ち全機未帰還なんてことがかなりの割合で起きたため既に使用されていない。


 機内の空気が張り詰め始めた。距離からしてそろそろ迎撃機が来る頃合いである。


 「太陽から敵機!」


 上部機銃手が叫んだ。


 編隊内で反応して防御機銃を撃てたのは10機程度だった。もともと太陽の方向を警戒していたのでなければ機銃を太陽に向けた時にはとっくに敵機は編隊の下へ突っ切っている。


 乳白色をベースにその上から濃い緑の斑点模様。スリン島国防軍航空基地から迎撃に上がってきた戦闘機だ。


 一機の機長は右隣の機が被弾する様子を見ていた。


 左翼、内側のエンジン辺りに曳光弾の束が吸い込まれるように命中した。命中の火花を撒き散らし、機関砲弾はエンジンカウルに付けられた装甲を食い破り、散々にエンジンを破壊した。たちまちプロペラは吹っ飛び、エンジンカウルは外れ、エンジン本体は燃え始めた。


 さらに翼内燃料タンクも、その装甲にも関わらず貫通され燃料に引火、炎上し始めた。ゴム製のセルフシーリング式タンクで防弾性能を上げていたものの、十数発に及ぶ被弾の前では無力だった。


 重装甲を誇るB/17の装甲を簡単に食い破ったのは20mm機関砲弾の一つ、薄殻榴弾ミーネンゲショス(はっかくりゅうだん)だった。砲弾内の炸薬量が他国の2〜3倍となる20g。精密なプレス加工がなせる連合皇国の技術力の結晶だ。


 屈指の高威力を誇る薄殻榴弾は無数の構造材を砕き、頑丈な主翼桁にすら深刻な損傷を与えた。少しは耐えたが高熱の炎に晒されて耐久力は急激に無くなっていく。


 急いでエンジンへの燃料供給を停止し炭酸ガスを噴射することでエンジン本体の火災は食い止めることができたが燃料タンクは依然として燃え続けている。


 主翼外板に穿たれた穴から気流が主翼内に流れ込み空気抵抗を増やし、機体を揺らす。左翼の揚力が失われ始め機体が左に傾き、緩やかに降下を始めた。


 さらに外板や細かい構造材が空気抵抗により剥がれ始め、太陽光の反射を受けてキラキラと輝きながら後方へと流れて行く。そして負荷から主翼が曲がり出し、緩やかな逆ガル翼へとなりつつあった。


 ここまで来たら終わりは直ぐだ。とうとう火災が主翼桁を焼き切った。一瞬、機体が苦悶するように微かに震えた後金属の断裂する音を響かせながら主翼が破断し、錐揉みしながら落ちていった。


 さらに機長のが搭乗する機体の前方上方、一機のB/17の胴体部分が火に包まれていた。胴体への被弾により火災が発生し、さらにその火が輸送中の物資にまで燃え広がった。


 機内の状況は機外から見たよりも深刻で、胴体内燃料タンクも燃え、火災は全てを呑み込みつつあり、キャビンは煙で満ちつつあった。


 とにかく火災をなんとかしなければならない。まず燃え盛る補給物資を爆弾倉扉から投棄した。


 しかし猛烈な火災は飛行機としての機能さえ奪いつつあり、もうここまでだった。


 「よし、先に脱出しろ!」


 煙いコックピットの中で機長が叫ぶ。機長の責任として脱出するのは最後だ。それに下手に全員が一度に脱出すると操縦不可になった爆撃機が落下傘で降下している自分達の上に降ってきかねない。


 「了解!海面で会いましょう!」


 「ああ!そう言えばお前とはまだ海水浴をしたことがなかったな!」

 

 軽く冗談を交え、敬礼を送ると副機長、航法士、航空機関士、爆撃手、コックピット上部機銃のガンナーは次々と脱出した。残念ながら尾部銃手と機体下部、ボールターレットの銃手は炎に巻かれて既に亡くなっていた。


 部下が脱出した後も懸命に燃える爆撃機を操縦していた機長だが、尾翼が一切の操作を受け付けなくなったことに気付いた。炎が操縦系統を焼いてしまったのだろう。幸い、落下傘で降下中の部下達の上に降り掛かる距離ではなくなっている。


 しかし尾翼を操作できなくなったことで機体が横滑りのような動作をし始めた。急いで脱出しようとする機長だが体に掛かるGで動きが制限される。必死にもがく内に機体はバレルロールの出来損ないの様な動きをした後、一気に海面へ向け急降下に入った。

 

 火災で方々にダメージを受けていた機体は直ぐに空中分解、横方向にスピンし、Gで機長を機内にはりつけにしたまま海面へ落ちていった。


 初撃で編隊は9機が撃墜された。加えて3機が程度の差こそあれダメージを喰らった。迎撃機は12機なので全機がきっちり攻撃を命中させたことになる。ちなみに国防空軍の一戦級戦闘機「アドラー」は武装が20mm機関砲4門なのでまともに射線に捉えられたら一瞬で撃墜される。


 『編隊を乱すな!はぐれた奴は格好の餌だぞ!』


 編隊長機から無線が飛んでくる。その声からは緊張しているのがありありとわかった。


 迎撃機の編隊は下方向に離脱後、爆撃機隊の前方に出、反転した後上下を逆にして再び爆撃機隊に向かっていった。上下を反転させたのは射撃後、操縦桿を引いて下方へ離脱し易くするためだ。ヘッドオン。相対速度が1000km/hを越えるので迎撃機隊は速度を落として少しでも射撃時間を伸ばす工夫をした。


 爆撃機隊は各機、ある程度の高度差があったから上部、あるいは機体下部機銃で応戦することができた。とはいえ練度が低い彼らにこの相対速度は速過ぎ、まともな照準などできなかった。


 編隊長は正面から敵機が迫ってくるのをその目に焼き付けていた。回避機動など取りようが無い。上下が逆になった敵機の機影が綺麗に正面から見えた。つまり真っ直ぐこの機に向かってきているのだ。


 敵機が射撃を始め、微かながら敵機の両翼前縁部に発砲炎が確認できた。数瞬後、眼前で多数の機関砲弾が急速に姿を大きくした。


 絶大な威力を誇る薄殻榴弾は分厚いコックピットの防弾ガラスを砕き、計器や操縦桿を破壊し、最後に容易く人体を引き裂いた。


 「隊長機がやられた!」


 一機の爆撃機内で副操縦士が叫んだ。


 機長が副操縦士越しに見ると、隊長機は粉々に粉砕されたコックピットから火災による煙を吐き出しながらゆっくり降下していく。どうやら操縦桿を握れる人はいないらしく、急に大きく傾き腹を晒すと視界から外れた。


 今度は5機が撃墜され、2機が損傷を負った。

 

 いかに高練度な迎撃隊でもこの速度かつ投影面積の少ない正面からではこんなもんだった。


 迎撃機隊は各機銃撃を終えると操縦桿を思い切り手元に引きつけ下方向に旋回、また爆撃機隊の前へ出た。


 前方機銃があったなら。無い物ねだりに過ぎないのだが、あったならもっと防戦できただろうに。機長はそう思わずにはいられない。


 やがて爆撃機隊は緩降下を始めた。地上部隊に物資を投下するのに現在の高度では高すぎる。


 なお、いまだ迎撃は受けているので投影面積がいくらか大きくなり、さらに6機が撃墜され、5機が被弾した。


 とはいえ爆撃機隊が緩降下を開始したことからわかるように、スリン島はもう目前であり、迎撃機隊は残存弾薬が少ないことに加え、帝国軍からの対空砲火を避けるため空域から離脱した。


 迎撃を掻い潜れてとにかくほっとした機長だが、それも束の間、すぐに海面に目を走らせた。


 さて、帝国軍は潜水艦による輸送もしている。そのため潜水艦撃沈のためスリン島西海域には国防海軍の駆逐艦が展開していた。そしてこの駆逐艦は潜水艦を追っていない場合、レーダーに爆撃機隊が映ると撃墜すべく進路に立ち塞がるのだ。もっとも所詮艦船なので間に合わない方が大半なのだが、間に合った場合は低空飛行をしている爆撃機はいい的だった。なお帝国軍占領地域の関係で西以外からはアプローチできない。


 ともかく、駆逐艦はいないらしかったのでほっと一息つき、投下した物資があまり広範囲に散らばらないように速度を落とし始めた。帝国軍は日に6度、多い時はこの倍くらい補給のため出撃しているので送り狼に遭うことはまれだった。国防軍も逃げる敵機を少ない弾薬で追うより一度補給して新たな輸送機に襲い掛かりたいのだ。つまりもう撃墜される危険はあまりない。


 しかし何も墜落は銃弾によってのみ引き起こされるものではない。一機、主翼や尾翼に被弾して不安定に飛んでいた機があった。


 投下のために速度を落としたところまでは良かった。しかし爆弾倉を開けたことで空気抵抗が増加、被弾したこと原因で通常より速度を減じさせ操縦をさらに困難にし、次に左翼の空気が剥離を起こし左翼だけが失速してしまった。


 駒の様に水平に回るフラットスピンを起こし操縦不能のまま左回りに落ちていく。元々高度は物資投下のために200m程しかない。この高度でスピンを起こしたならアクロバット飛行用の軽飛行機でも復帰は不可能だ。まして爆撃機ならなおさらのこと。


 大きく回る機内、搭乗員はGで振り回される体を必死に抑えつけている内に物資もろとも墜落した。


 墜落地点は物資投下地点を少し外れたところだったから他の機から投下された物資こそ無事だったものの、不幸なことに回収のために控えていた人員の上に爆撃機は墜ちてきた。


 投下地点こそある程度開けているが爆撃機が墜ちたのは木々が密生しているところだった。爆撃機が墜ちてくるのに気付いても足場が悪いし何より木々が移動を妨げる。


 爆撃機は航空燃料によって巨大な爆弾と化し、10人以上を巻き込む大爆発を起こした。


 最終的に編隊は空戦で20機を失った。損傷は10機。平均被撃墜は15機だからかなり大きい損害だった。


 帝国軍は爆撃機隊約40機による補給を日に10回ほど行っているが、それでもスリン島の帝国軍の必要量をまかなうには至っていない。

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