第15話 もぐら輸送

 スリン島西方海域、深夜


 「艦長、時間です」


 帝国軍潜水艦内で腕時計を見ていた副長が定刻を告げた。


 「分かった。聴音手、周囲に感は?」


 「周囲に感無し」


 聴音手が簡潔に報告した。


 「良し、潜望鏡深度まで浮上。メインタンクブロー」


 潜水艦がそのタンク内に溜めていた海水を排出し浮力を得ることで徐々に浮上し、海面まで10mの深さまで来た。


 潜望鏡を海面に出し周囲を確認する。夜間とはいえ潜水艦輸送が行われていることを国防海軍は知っているから沖合を哨戒していることがあるのだ。それに万が一の聞き漏らしもあるし、駆逐艦が息を殺して待ち構えていることだってあり得る。さらに言えば漂流物がある可能性だってあるのだ。


 周囲に目を巡らせた艦長だが、幸いにして水上艦の姿は無く、見えるのはどこまでも広がる漆黒の海原に闇に包まれるスリン島だけだった。


 「周囲に艦影無し。浮上!」

 

 波間から通信塔が現れ、次に司令塔(セイル)、そして船体が姿を見せた。


 この潜水艦は補給に従事している艦である。そのことを示すように、水中での騒音増加、速力及び操作性の低下を飲んで甲板にも物資が括り付けられている。


 セイルに登った通信員がライトの周りに覆いを付け一方向にしか行かないようにしたカンテラの微弱な光で陸に合図すると、森の中から帝国兵の一団がボートと共に出てきた。


 ボートは行きに負傷者を、帰りに補給品を載せて陸地と潜水艦を往復する。


 潜水艦内から物資が運び出されるのと入れ替えに負傷者が艦内へ運び込まる。セイルの作業が行われているでは横で艦長と副官が陸軍の士官から聞いたことについて話していた。


 「やはり2割程度は到達できていないみたいですね……」

 

 「うむ……。だが航空隊はもっと損害を出しているようだ。それに比べればまだ良い方だろう」


 「ですね」


 海面下に隠れることのできる潜水艦はやはり爆撃機隊と比べて損害は少ない。モグラみたいに海に潜って輸送するからモグラ輸送と呼ばれているわけだ。とは言えこの時代の潜水艦は可潜艦とでも言うべきもので、基本は水上航行なので航空機や艦船に発見されたりもする。常時潜航というのは無理だし(連続潜航可能時間はおよそ二日である)、潜航時は機関をバッテリー駆動に切り替えるため6ノット(時速約11km/h)の速度でしか進めない。なお水上航行時は20ノット(約37km/h)であるから、早く物資を届けるためにもやはり水上航行が望まれた。


 爆撃機より実際運べる物資が少なく、時間も掛かる潜水艦だが、少数ではあるものの負傷者を連れて帰ることができるという無二の長所がある。それにスリン島ではとにかく物資を必要としているから到着が遅くとも潜水艦も使用されているのである。


 ところで潜水艦で帰還できる負傷者には変わった優先順位があった。普通ならより重症の者を、だが座れる者に優先権があった。食い扶持を減らすためにも一回で出来るだけ多く運びたいがゆえである。重傷者については高位の将校か、あるいは高位勲章の受賞者でなければ運ばれることはなかった。残酷だろうが、どうしたって各種物資の消費を抑えたいのだ。


 「艦長殿」


 下士官の一人が艦長の元にやってきた。様子からして何か提案したいことがあるようだった。


 「うん?」


 艦長が発言を促す。


 「皆自分の私物から食料を提供したいと言っています。ぜひ許可願います」


 潜水艦は任務の性質上長期の航海を非常に狭い空間で過ごすことになる。だからストレス発散の手段として食事は非常に豪華だ。そしてなぐさみとして乗組員は私物の中にチョコレートなんかの甘味を持ってきてる者がいた。


 スリン島から回収した負傷者を見てそうした自前で食料を持ってきていた者達がぜひスリン島で苦しんでいる戦友にそれを提供したいと申し出たのだ。


 艦長にそれを止める理由は無かった。


 「よかろう。直ちに取り掛かれ」


 さらに乗組員の案で食事が質素になっても構わないから厨房からも食料を提供することにした。


 ボートがスリン島に着きその食料が渡されるとスリン島の帝国兵は涙しながら受け取った。


 やがて物資を下ろし終え、負傷者を乗せた潜水艦は静かにまた海に潜っていった。

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