第17話 スピネル曹長の防衛戦

 「クソッ!」


 スピネルの傍で兵士が悪態を吐きながらスコップを地面に突き立てた。現在スピネル達は配置さらた場所で急造の陣地を構築していた。


 塹壕が主になるわけだがつい数日前まで野戦病院で餓死の縁にいた者達である。いくら栄養状態が改善されたからと言って、ここは元々飢餓が蔓延はびこるスリン島。元より大変な塹壕掘りだが衰弱した体ではとんでもない重労働だった。


 それでもなんとかタコツボを掘り、それを繋げてなんとか塹壕と呼べるものが出来上がった。


 さらにトーチカとしてM/4中戦車が三両配備されていた。地面を掘り車体を隠し、砲塔だけ出すハルダウンの状況にするのが好ましかったがその様な余力は兵に無く、せめて車体上部の途中までだった。


 トーチカとして運用されるためここまで走ってきた後、ガソリンは抜かれ、車体乗員の操縦手と無線手は歩兵に職種変えとなった。エンジンなどのパーツは解体され予備部品となるはずだったが帝国軍にそんなことができる野戦整備中隊がいなかったためそのままである。


 車体機銃や砲塔上部に装備されていた12.7mm機銃は歩兵火力増強のため塹壕に備え付けられた。


 スピネル軍曹のいる陣地は第二防衛線と帝国軍から呼ばれていた。”線”と呼ばれているが実態はスピネル達が構築したような小規模な塹壕の集合体の縦深陣地だった。


 これはまず密林という地形が大規模な陣地作成を拒んだこと、次にそもそもスリン島戦が始まる前、この地域は戦闘地域として想定されていなかったからだ。


 帝国軍がこの密林地帯に後退してきたため陣地構築の必要性に迫られたが最優先は最前線であり、物資や労力の多くはそこへ回された。




 国防軍による攻勢が開始さらた後、第二防衛線は艦砲射撃に晒されていなかった。防衛線とは言っても急遽作った塹壕しかないため艦砲射撃は必要ないと国防軍は判断したのだ。戦艦も当然弾薬補給を必要とするから小規模な陣地にまで気前良く砲撃するわけにはいかないのだ。代わりに爆撃と砲迫による射撃が第二防衛線を襲っていた。攻撃機シュトゥルムが爆弾、ロケット弾、ナパーム弾を投下し、榴弾砲、そして各種展開が容易な80mm、120mm迫撃砲が攻撃に加わった。


 艦砲射撃より遥かにマシとは言え、爆発が続き、大地が激しく揺さぶられる、何より撃たれ続けているという状況は精神に非常な負荷を掛ける。一番精神がすり減らされるのは待避壕が無いという事実だ。ただの塹壕には天蓋も何も無く当然砲撃に対して待避壕に籠るより脆弱になる。


 とにかく精神を苛む時間だったがパタリと一切の砲爆撃が止んだ。何を意味するのかは明白だった。


 「配置につけ!」


 スピネル軍曹は叫び、拳銃をホルスターから引き抜いた。


 周りが陣地を構築している間、スピネルはどうやって拳銃を扱うか考えていた。スピネルが導き出した答えは、拳銃のスライド掘られている滑り止めのセレーションと呼ばれる溝を噛み、拳銃を前方へ突き出す、だ。こうすることで片手だけでもスライドを引き薬室内に初弾を送り込むことができる。


 スピネルは拳銃を構え周囲の状況に目をやった。塹壕はかなりの部分が破壊されていて、ナパームの刺激臭が鼻を突く。戦車も一両が撃破されたらしく炎上している。衛生兵、助けてくれ!という叫び声も聞こえてきた。


 配置についた帝国兵は機関銃のコッキングレバーを引いたり安全装置を解除して射撃に備える。砲爆撃によって薙ぎ倒された木々が即席の防衛設備になっていると同時に斜線を塞ぐ障害物にもなっていた。


 と、不意に誰かが叫んだ。


 「敵機だ!」


 まさか!とスピネル軍曹の心は反応した。砲撃が終わったということはこれから味方が前進するということだ。そんなとこへ爆撃なんてしたら味方に被害が及びかねない。だが聞き慣れた甲高いエンジン音が空から聞こえ、急速に近づいていた。とにかくスピネル軍曹は急いでその場に伏せた。


 直後、機銃、そしてロケット弾の発射音が聞こえた。続けて着弾音、爆発音が響き地面が激しく揺れる。断末魔の悲鳴と共に兵士の死体がスピネルの体の上に倒れてきた。宙に舞上げられた土塊つちくれが体に降り注ぐ中、エンジン音が去った。


 これは国防軍のダメ押しの一撃だ。砲撃が止んでからの航空機による爆撃。スピネルは読み違えたのだ。


 塹壕に籠ると頑丈に耐える歩兵だが迫り来る国防軍を迎え打たんとしてその身を晒してしまっていた。生身の歩兵に対して砲爆撃は致命的な効果を発揮する。


 右半身ほとんど全てを吹き飛ばされた死体をどけてスピネル軍曹が立ち上がった時には既に国防軍は塹壕に迫っていた。


 木々の燃える音がする中、スピネル軍曹の耳は戦車のエンジン音を捉えた。

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