第20話 立て!

 「立て!立つんだ!立って戦え!」


 砲爆撃の衝撃からいち早く立ち直ったスピネル軍曹はまだうずくまっている戦友達に向け怒鳴った。


 塹壕内は惨々たる状況だった。四肢が千切れている奴もいたし、臓器が飛び出している奴もいた。必死になって泣き叫び、助けを求める奴がいれば、痛みに耐えひたすらじっと中空を睨む奴がいた。

 

 助ける余裕なんてものはなかった。戦える者は全員が銃をとって戦った。


 「来たぞ!戦車だ!」


 スピネルが叫んで数秒も経たない内に木々の奥から増加装甲に身を包んだ四型中戦車が姿を現した。


 その四型戦車を木の影に隠れたM/4戦車が視認した。車長が方向を伝えるとガソリンを抜かれ、エンジン駆動では砲塔を回せないため砲手がハンドルを回して砲塔を手動で旋回させる手動での旋回だから砲塔はゆっくりゆっくり回っていく。急げ急げと砲手は急かされようやく照準用スコープに四型戦車を捉えた。


 照準の十字線に四型戦車の砲塔を合わせた。砲には既に徹甲弾が装填済み。


 「照準良し!」


 砲手の報告に車長はすぐ反応した。


 「撃て!」


 引き絞られた引き金、放たれた徹甲弾、発砲炎で舞上げられた周囲の砂塵。砲手のスコープを発砲炎や砂塵が塞ぎ、一瞬無くなった視界だが車長はしっかり見ていた。四型戦車の砲塔向かって右側を貫通した徹甲弾が生み出した火花を。


 車内で炸裂した砲弾は鋼鉄の炸薬の威力でもって砲塔内の全員を戦死へ至らしめた。


 目の前で国防軍の戦車が撃破されたことに塹壕内の帝国軍歩兵が歓喜の声を上げた。


 「命中!次、右の戦車!」


 勢いのまま車長は次の目標を指定し、アドレナリンに駆られた砲手は勢い良く砲塔を旋回させる。


 砲手が再び捉えた四型戦車は既に砲身をこちらに指向済みだった。真っ直ぐ自分目掛けて伸びてくる目に点と写る砲弾。75mmの砲弾は車体正面装甲を撃ち破ると先程この砲手が放った徹甲弾同様、この戦車の搭乗員を彼岸の彼方へと追い立てた。


 残る一両は国防軍歩兵相手に存分に持てる火力を発揮していた。榴弾を撃ち同軸機銃を横薙ぎに撃つ。しかしその奮闘も長くは続かなかった。


 国防軍は個人携行の対戦車火器がもっとも普及している軍である。前方の倒れた木々の隙間からのファウスト4発を砲塔に立ち続けに喰らい搭乗員は全員戦死し、ダメ押しに四型戦車が砲弾を叩き込んだ。


 不屈の闘志でもって抗戦を続ける帝国軍だが、特に戦車を失ったことで火力の面で圧倒され始めた。


 補給によって得た潤沢な弾薬を惜しげもなく撃ちまくる国防軍に対し、帝国軍は無駄弾を避けるために敵を引きつけ、短連射しかできない。


 歩兵同士の戦闘は基本、交互躍進という片方が制圧射撃を行い敵を釘付けにし、その内にもう片方が前進、ということを繰り返すから弾薬が少ないというのは辛い。撃ち返せないから火力で頭を抑え付けられてしまう。


 即席の太い丸太で作られた簡易トーチカの中に設置された機関銃もいくつかあり果敢に反撃を続けていたがトーチカ内には戦死体がいくつも転がっていた。まさに必死である。その一つの抗戦が唐突に終わった。にじり寄っていた国防軍兵士がファウストを撃ち込んだのだ。トーチカ内にいた兵士は彼の戦友の亡骸共々肉片と呼べるほどまでに吹き飛ばされた。


 戦車に対抗するというのは絶望的だった。対戦車兵器は一基携帯式対戦車擲弾発射機のバズーカしかないが、HEAT弾であるため四型戦車の装備する追加装甲、シュルツェン(初期は企図していなかったが空間装甲として機能している)の前にほとんど無力化されていた。しかも弾薬は二発しかない。対戦車砲、地雷は無く、爆薬の類も無い。手榴弾では履帯を破壊するのが関の山である。


 「クソッタレめ!やってやる!」


 バズーカを装備している四型戦車に狙いを定めた。位置的には左斜め前である。何も全周全てがシュルツェンで覆われているわけではないので打撃を与えられる箇所はある。まず砲塔の上のキューポラ。次に砲塔正面の砲付近。照準器や同軸機銃があるためシュルツェンは付けられない。他は履帯や転輪の下半分が剥き出しになっている。とはいえこちらは足回りを一時破壊するだけにすぎないが。


 彼は車体中央に狙いを定め、そして発射した。ヤケクソ、というのもあるにはあったが、一発目でシュルツェンを吹き飛ばし、二発目で剥き出しになった車体を狙おうという思惑があった。


 バズーカの弾頭は一秒も掛からず四型戦車に命中した。


 「装填、装填急げ!」


 彼は相棒を急かす。砲塔が彼の方を向き始めていた。


 「急げ急げ急げ急げ!」


 とにかく喚いた彼だったが、同軸機銃の掃射が周囲を襲い、相棒が撃たれ即死した。彼自身も被弾したが敵愾心のみで耐え、立っていた。装填は終わっていなかった。それを見てとった彼だったが、そのその一秒後に榴弾が至近距離の塹壕の壁に着弾、バズーカ諸共彼を四散させたのだった。

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