第1話 戦地

 スリン島内、帝国軍司令部。


 急遽地下に設けられた司令部の中にスリン島帝国軍総指揮官であるランド少将を始めとした参謀が揃っていた。大きめの民家に急拵えで作られた地下室だけに土っぽいし灯りも十分ではなかったが卓上の地図や書類は問題無く読むことができた。


 「少将、命令が来ました。これを」


 通信兵がランド少将に受信した命令文を手渡す。


 命令文は要約すると以下のことが書いてあった。


 帝国軍は海軍と協働しスリン島より撤退する。海軍は既にスリン島救援艦隊の出撃準備を整えており、到着は二週間後の予定。最後に、撤退に際して戦車などの重器材などは最悪放棄して構わない。


 少将が以上のことを伝えると参謀達は皆一様に安堵の表情を見せた。

 

 「やっとですな」


 「よかったよかった」

 

 正直このままでは文字通りの全滅か降伏しかなかっただけに安心した気持ちは大きい。


 「しかしこれ、怪しいな」


 少将の一言は一時の楽観が支配していた空間に終わりをもたらした。

 

 何が怪しいか、とは国防軍の攻勢開始時期である。さまざまな要因で全然情報が入ってこないが、それでも僅かな情報を組み合わせた結果、早ければ二週間後には開始されるだろうと考えられていた。

 

 「ええ、戦いながらの撤退になるでしょう」


 できるだろうか?そんなこと。少将は頭の中でスリン島内の帝国軍の現状を考える。


 いや、無理だろう。その結論に達するのに時間はさして必要無かった。

 

 「厳しいでしょうね」


 参謀の一人もそう発言する。発言したのは一人だけだったが内容はこの場にいる全員の意見だった。


 「やはりそうか……」


 戦いながら後退するというのは言葉以上に難しいのだ。整然と退かなければただの敗走になってしまう。練度が低いとなればなおさらその危険性がある。


 そもそも、もし上手く事が運んだとして、最後、船に乗る瞬間はどうするのか?という問題も出てくる。


 「燃料や弾薬からしてもやはり無理でしょう。持たないと断言できます」


 補給科の将校が付け加える。


 「うん、そうか」


 これで撤退しながら、という案は消えた。弾薬が無ければ戦えないし、燃料が無ければ戦車はもとよりトラックだって動かせない。


 「少将、戦車等は最悪全車放棄になっても構わないのですよね?」


 参謀が一人、確認するように言う。


 「ああ、構わない。何か案が?」

 

 「これはあまり推奨されるような策ではないのですが……」


 多少苦虫を噛むような表情から何人かはどのような策か検討はついた。


 「稼働する全ての戦車、装甲車を極一部の戦略予備を除いて前線に配置しましょう。そして」


 そこからは少将が受け継いだ。


 「前線の兵を死兵にし徹底的な防衛戦を命じる、と」


 「はい」


 首肯する参謀。


 確かにあまり良い作戦ではないが、しかし現状を鑑みればこれしかないのではないか、という思いが全員の胸の中に広がっていった。


 「ふむ……。それしかなさそうだな。燃料や弾薬は持つか?」


 補給科の参謀に聞く少将。


 「ええ、前線への移動だけでしたら燃料に関しては十分でしょう。さらに戦車をトーチカのように扱うというのであればーー半数ほどをそうすればーー残りの半数ほどである程度の機動戦もできるでしょう。一方で弾薬に関しては、当然ですが戦闘が長引けば長引くほど消耗の度を高めます」


 この参謀の弾薬に関しての言葉は少将にある考えを思い起こさせた。


 前線の、特にすぐに撃破されることが予想される部隊に配分する弾薬は必要最低限、つまり極少量で良いのではないか?


 これは勿論軍事的合理性にはピタリと当てはまる。しかしもし本当にそうしようものなら士気は確実に低下するだろう。故に実際は最低限よりちょっぴし多く、ということになるだろうが。


 ともかく、方針は決まった。そう判断した少将は議論を次の段階へ進める。


 「それでは基本方針は決まったな。次は具体性だ。まず我々は我々の規模を考えるに、今や唯一の大規模港であるトロン港より撤退することになる。そこでまず一つ目、どのように防戦、撤退までの時間を稼ぐか、つまりどれだけ死守部隊を持ち堪えさせるか、という点。二つ目、撤退の優先順位。つまりどの部隊、兵がということだな」


 「まず二つ目の優先順位についてですが、やはり高級士官、経験豊富な者でしょう。」


 「それが妥当でしょうな。……しかし前線部隊でそれをやると却って脆くなってしまいますぞ。」


 「そこは上手く調整するしかないでしょう」


 「では残置することになる部隊はどう決めます?」


 「志願というのは如何ですかな?大隊規模での実施になるでしょうが命令されるより士気の面でよろしいかと」


 「それからいっそ傷病兵も加えたらどうです?極端な話、銃さえ撃てればいいわけですから」

 

 二つ目に関しておおよその意見が出たところで少将は一つ目について議論させるべく、誘導する。


 「よし、それでは一つ目、どのように防戦するかについては?」


 参謀含め、全員が地図に目を落とす。


 「まず地形は密林ですから少数戦力でも通常より粘ることができるでしょう。それから、敵がまともに戦車を運用できるのは舗装されている幹線道路しかありません。この周囲に中心となる兵力を配置すべきでしょう」


 「うん、では兵力はどれくらい必要になる?」


 「3〜4個師団は必要でしょう」


 かくして議論はまとまり、参謀達は実行へ向け調整に入った。




 同日深夜 連合皇国軍潜水艦内


 「艦長、見えました。帝国軍の大艦隊です」


 僅かに声を上擦らせながら潜望鏡を見ていた副長が言う。


 「ほう……。どれ」


 艦長も見てみると、まさに大艦隊といった様相で、単縦陣ではないのに前方180度全て敵艦で埋まっていた。


 副長が敵艦のデータが書かれた本を持って近くにやってくる。


 「艦長、攻撃しましょう!」


 熱く言う副長に艦長は少し血気盛んに過ぎると苦笑する。


 「副長、我艦の任務は哨戒だぞ?私とて魚雷を見舞いたいがしかしそれでは敵艦の反撃から隠れるために友軍への報告が遅れる。よって無しだ」


 「はっ!」


 多少悔しそうにしながらも素直に従う副長。それを見て艦長は副長の溜飲を下げるためにも言う。


 「なぁにどうせ奴等の進路はスリン島さ。ならまた会敵する。そしたらその時は友軍と協働して攻撃さ」


 「群狼戦術ですね?」


 「そうだ」


 群狼戦術というのは複数の潜水艦が連携を取って行う攻撃方法のことだ。当然単艦よりも攻撃しやすいし、多くの戦果を見込める。


 かくしてこの潜水艦は雷撃せず、敵艦隊が十分離れたところで友軍に無線を飛ばす。


 〈我、敵大艦隊を見ゆ。艦数300〜400と見られる。〉

 

 

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