第2話 陣地変換

 ランド少将以下、帝国軍スリン島守備隊が今後の方針について話し合う一週間程前、夕暮れ時。


 単翼機全盛期のこの時代に二機の複葉機がスリン島帝国軍支配地域の空を極低空で飛んでいた。同時に察知されるのを避けるため、砲兵隊による陽動の砲撃が行われている。空は夕暮れの太陽の輝きとは違う茜色に染まっている。


 やがて複葉機は直線約300m程の未舗装の道路に路面状況を考えれば驚くほど静かに着陸した。機が完全に止まらぬ内から機内から隊員は飛び降り、そして近くの密林に二個小隊総勢40名が溶け込んでいった。


 一般の兵と違い、ひさし部分が切り落とされたデザインのヘルメットに細かい破片模様のスモック、灰緑色のズボンは一見普通のズボンと同じに見えるが、良く見ると右膝部分の横にポケットが付いている。ブーツについても一般的な長靴ではなくフロントレースの編み込み靴である。


 彼らを率いるのは空挺から移籍していきた生え抜きの精兵、シュタイナ少佐。


 彼らは国防軍特殊部隊である特別工兵連隊。彼らの目的はただ一つ。帝国軍スリン島総司令官、ランド少将の殺害である。



 ランド少将以下参謀連の会議の翌日から部隊は前線への配置転換、もしくは後退をしていた。それに伴い弾薬、燃料等の再分配も行われている。もともと縦深防御の構えだったのを、縦深を縮めることで部隊の密度を増すのである。もちろん戦闘状況によって後退もする。


 しかしながら二つの原因により部隊の展開、もしく後退は全く予定通りに進まないでいた。


 なぜか?原因の一つ、それはーー。



 「敵機来襲!!」


 帝国軍M/4中戦車の車長が叫ぶ。


 すぐさま車列は反応し、トラックや装甲車に乗っていた兵は飛び降り、戦車や装甲車、トラックは路面脇の木の下に入ろうと動く。しかし遅すぎた。


 飛び降りた兵が極僅かな内から逆ガル翼と甲高い独特のエンジン音が特徴の国防軍攻撃機、シュトゥルム六機編隊が高らかに翼を翻し逆返しに急降下で迫っていた。甲高いエンジン音はドップラー効果で更にその響きを増し、展開されたエアブレーキが空気を掻き乱し震わせる。帝国兵の目にはまるで敵機が空を圧するかのように見えた。


 十分に引き絞ったところでシュトゥルムは胴体下の500kg爆弾と両翼に懸架している250kg爆弾を投下した。


 着弾と同時に爆弾はその破壊的な威力を余すこと無く発揮した。戦車すら軽々と破壊し、道端の木々を薙ぎ倒し、人体を跡形も無く消し飛ばした。黒煙はもうもうと立ち昇り、周囲には舞い上げられた土砂が降り注ぐ。

 

 シュトゥルムは対空砲火のほとんど無いのを認ると機銃掃射に移った。勇敢にも戦車や装甲車に備え付けられた機銃で反撃した者もいたが、すぐさま掃射を浴び、見るも無惨な姿になってしまった。


 攻撃機シュトゥルムは固定武装30mm機関砲及び7.92mm機関銃各2門合計4門を翼内に配置している。特に30mmは弾種(曳光徹甲弾もしくは徹甲弾)によってはM/4中戦車の側面すら貫通できる性能を誇る。無論貫通即撃破ではないが、搭乗員は死傷するし、機器も破損する。曳光徹甲弾が貫通し、弾薬に誘爆したり、燃料に引火したりすれば撃破間違い無しだった。


 もちろん今回も存分にその性能を発揮し、中戦車5両を撃破する手柄をあげる。30mmが切れた後は7.92mmの出番である。対航空機では威力不足もいいところだが、目標が人間や非装甲車両であれば充分な威力を持つ。


 運転手や搭乗していた帝国兵がいなくなったトラックは絶好の攻撃対象だった。動かないのであれば訓練用の的と変わりない。


 前方から接近し照準にトラックの前面を捉え、引き金を絞る。高レートで撃ち出される機銃弾はたちまちにフロントガラスを蜘蛛の巣模様に打ち砕き、エンジンから火を吹かせ、車体構造を滅茶苦茶に破壊した。


 かくして車列は中戦車10両、装甲車8両、トラック28両損失の大損害を受けた。


 この間帝国空軍は何をしていたのか?何もできていなかった。空軍が無能というわけではなく、国防空軍に無力化されていた。


 スリン島は他の島や本土から遠く離れた場所に存在している。どれくらい離れているかというと、単発機は胴体、翼内燃料タンクを満タンにし、さらに増槽も付けて片道だけならという距離にある。つまり戦闘機を常時飛ばしたいならスリン島に滑走路を作らなければならない。


 帝国軍支配地域にも滑走路はある。しかし戦前に民間が使用していた小規模なもので、滑走路は一本だけだった。もちろん開戦に伴い拡大されたが、単発機の運用が関の山だった。そうであっても国防軍は見逃さなかった。いまや滑走路はクレーターだらけになり、どころかブルドーザーなどの土木用重機の残骸までもが転がっていた。小さいとはいえ唯一の滑走路だから毎日航空機による偵察も行われ、復旧は不可能だった。


 つまり帝国軍にエアカバーは無かった。


 この様な状況だから車列はシュトゥルム攻撃機の格好の的になり、反復攻撃もされるため目的地に到着できる車両は三〜四割であった。歩兵は五〜七割が無事だったが移動手段が失われたため徒歩で移動せざるを得なかった。

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