第11話 戦線の奥で
スリン島、月が深い密林に光を投げ掛ける深夜
「少佐、受信しました。攻勢開始の暗号文です」
通信兵がシュタイナ少佐に報告した。
「間違いないか?」
「二回受信しました。間違いありません」
「よし、では始めようか」
シュタイナ少佐は部下17名を集めた。あと2人は監視の任に就いているためここにはいない。
潜入してから一週間、密林の道無き道を踏破したシュタイナらは偵察に励み、結果、森の中の小さな集落に帝国軍の司令部があることが確認された。また小屋の中に戦車が隠されていること(2軒に一両づつ)もわかった。さらに、緊急時には近くの帝国軍が戦車を伴って救援に駆けつけるだろうことが推測された。
「よって部隊を二つに分ける。第一小隊は私と共に敵司令部を襲撃する。第二小隊は救援に来るであろう帝国軍部隊の拒止だ。襲撃後は航空機により離脱する。集合時間に遅れるなよ」
深夜、帝国軍スリン島司令部
深夜だからといって静まっている訳ではない。むしろ国防軍攻勢開始とあって情報が洪水のごとく押し寄せていた。
そんな喧騒も建物の外までは及ばない。というか及んでいたら問題だ。この小さな集落は傍目から見れば少数の帝国軍部隊がいるだけだった。
シュタイナ少佐率いる小隊の攻撃準備は整っていた。事前に地雷なんかがないかも調査済み。夜間に匍匐で忍び寄り銃剣で地面を探りながら確認したのだ。後はただ攻撃するのみ。
奇襲の要諦は持てる火力の最大限の発揮。密かに接近した森の中から機関銃はもちろん、対戦車擲弾も使用された。いきなり銃撃や爆発に晒された帝国兵は当然大混乱に陥った。陥ったものの、彼らだって兵士だし、司令部の警備を任ぜられるほどには精鋭なのだからすぐに敵襲だということは理解した。しかしながら僅かでも混乱していた時間は彼らが撃ち斃されるのに十分だった。シュタイナを先頭に、司令部があると目される建物への道は開かれた。
帝国軍司令部警備に就いていたのはM/4中戦車二両に加えて三個小隊約90名。襲撃が始まった時、集落外縁、森側を警備にしていた者達は一瞬で殺された。襲撃に気付いて慌てて飛び出してきた者達も突入援護の機関銃に薙ぎ倒されるか既に集落に侵入していたシュタイナらによって一瞬で射殺された。
一方戦車はもともとの視界の悪さに加え、屋内に隠れていたこともあり、そもそもどの方向から襲撃されているのかもわかっていなかった。もっとも、本来は集落に通じる道を防衛するために配置されていたからしょうがないと言えばしょうがない。
内一両は早々に撃破されることになる。
シュタイナ小隊の内二名が素早く建物に近づいた。窓から中を見、車体も砲塔も側面を向いているのを認める。ファウストは使わないことにした。なぜなら射角上どうしても扉のところから撃たねばならず、敵戦車を撃破した際、爆風や破片が飛んできかねないからだ。建物が簡易な納屋で、壁は木である以上防御力は皆無である。
戦車を入れるために納屋の内側は一つの空間になっており、歩兵が隠れる場所はなかった。だから戦車に近づいて車体の下に爆薬を投げ込むのは造作もないことだった。
10秒後に爆発した爆薬によって戦車は撃破され、納屋の屋根が今度は戦車に覆い被さった。生きている乗員はなんとか脱出しようとしたが、例え木でも屋根は重く、ハッチは開かなかった。もっとも開いたとしても隙間は大してなく、すぐに猛烈な勢いの火に焼かれることになるのだが。とは言え脱出できなくとも彼らに待つ未来は焼死しかなかった。
シュタイナ含めた16名は集落唯一の二階建て、司令部に間違いないとされる建物に取り付いていた。すぐ横には壁にファウストで開けた穴がある。そこから手榴弾を投げ込み、爆発の一瞬後で突撃銃(現代で言うアサルトライフル)を乱射しながら突入した。
シュタイナーが突入したのは通路の真ん中。とりあえずこの建物にランド少将がいるはずだが、仔細までは分からない。そのためやることは片っ端から部屋の掃討だ。
手始めにすぐ側にあった扉から部屋に手榴弾を投げ入れ爆発と共に突入した。どうやらキッチンだったらしく爆発の衝撃で調理器具、食料、そして人が一人吹き飛ばされていた。まあ死んでいるだろうが万が一生きていて後ろから撃たれる事態は避けたいのだ。
こうするのは忍び無いのだが戦争であり、シュタイナーは任務と部下の命に責任を負っている。頭へ一発撃ち込んだ。
キッチンを抜けると食堂につながっていた。月の光が届かない暗い室内に人の影が二つ。帝国兵がいたが既にシュタイナー達が建物内に侵入していることには気付いていないようだった。
二人がシュタイナーに気付いた時にはもうシュタイナーは引き金をあと僅か引くのみ。連射音が室内に響き、張り詰めた糸が切れる様に二人は室内に斃れた。
さらに食堂を抜け今度は廊下に出た。突き当たり、二階に上る階段があるところで何かが動いた。
「誰だ!?」
その何かが帝国語で問い掛けてきた。帝国兵は混乱の中でどこにシュタイナー達がいるのか把握していない。そのため味方撃ちを避けるために
当然シュタイナーの返事は銃撃である。壁からはみ出していた腕に銃弾を叩き込む。悲鳴と共に腕が引っ込められたところへ部下が手榴弾を投げた。
炸裂後に残るのは二つの死体のみ。下手に挟撃されるのを防ぐべく、シュタイナーは小隊を二つに分け、自身は二階の掃討に向かうことにした。待ち伏せを警戒して二階へ手榴弾を投げてから一気に階段を駆け上がる。
どうしても帝国兵は後手を取ってしまう。理由はシュタイナー達の位置を把握できないことに尽きる。だから誰かが近付いて来た時に壁の向こうを覗いたり問い掛ける他ないのだ。
シュタイナー達はそういうことがあれば手榴弾を投げ、あるいは壁ごと撃ち抜く。所詮は民家だから銃弾は簡単に貫通するのだ。
逆に帝国兵は手榴弾を使えなかった。彼らからしてみれば敵と味方が同じ建物内に入り混じっているのだ。下手に使えば味方を殺してしまう。一方でシュタイナー達は固まって連携しながら掃討しているためそのようなことは起き得ない。
二階の奥、角から先を覗くと正に帝国兵が室内へと消えるところだった。すかさず照準し壁越しに予想位置へと射撃した。
短いくぐもった悲鳴の後、ドサリと倒れる音がして何か液体が扉のところまで流れてきた。明かりが月の光しかないため十分な判別はできないが状況からして血液に違い無いだろう。
部屋の中から帝国兵がこれまた壁越しにサブマシンガンを応射してきた。弾丸によって開けられた壁の穴の位置はかなり散らばっていて、当てずっぽうで撃ったのだと分かる。
シュタイナーはアゴをクイと前方にやった。それだけで部下はシュタイナーの意図を覚り、シュタイナーの援護射撃の元、手榴弾を部屋に投げ入れた。
炸裂により扉部分だけでなく、無数に開けられた穴からも爆風や粉塵が飛び出してきた。
すかさずシュタイナー達は突入する。扉の側には一人の帝国兵の死体。
ガシャリ、と何か音がするといきなり部屋の倒れた家具の奥から帝国兵が飛び出しながら手に持ったサブマシンガンを撃ってきた。
シュタイナーは部屋の隅に飛びつつ反撃する。
銃弾は敵兵の頭部に命中し頭を弾けさせた。肉を貫き、骨を砕いた割には柔らかい音がして糸が切れたように敵兵は家具の奥へ倒れた。
部屋の中にまだ敵が残っていないか確認するとうずくまる様に座っている部下に目を向けた。先程の帝国兵の射撃はこの部下の方に向いていた。被弾したのかもしれない。
シュタイナーの視線に気付いた部下は大丈夫、と軽く首を振った。
「ただの打撲です」
撃たれたのではなく避けた拍子に体をぶつけただけだと伝えると立ち上がった。
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