第10話 死兵

 崩れた壕の中に帝国軍の歩兵が一人、うなだれる様に座っていた。絶大無比の威力をふるった艦砲射撃。その内の一発が彼のいる壕の至近距離に着弾し、壕は崩壊、十人程いた戦友も彼一人を残して生き埋めになった。心悔しいが誰一人として助け出すことはできなかった。


 本来なら後退すべき状況だが連絡壕も何もかも破壊されており、後退のため地上へ出ようものなら蜂の巣になるのは間違いなかった。


 彼は自覚している。自身の任務は死兵になること。死ぬまで戦い味方のための時間を稼ぐことであって現在地の死守ではない。しかしながら後退できない、となれば一人でも多くの敵兵を殺すしかない。それに戦闘になればほんの少しだが時間も稼げるだろう。


 彼の近くに生き埋められた戦友が大事に取っておいた牛肉の缶詰があった。最後の最後、晩餐に食うのだと大事にしておいたのが仇となって食べる前に死んでしまったのだ。


 「悪く思うなよ」


 その缶詰を手繰り寄せると缶切りを使ってガンガンやってこじ開ける。こういう時、銃剣でも代用できるのだが彼は持っていなかった。彼の武器がサブマシンガンであり着剣装置が無いというのもあるが、一番の理由は重いからだった。


 撤退に際してほとんどの帝国兵は自分の重荷になるものを捨てていた。銃剣、銃器のクリーニングキット、機関銃の替えの銃身、装具、特にヘルメット等々。最低限の銃撃戦に対応できる以外の装備品は飢餓の最中の兵士達には重過ぎたのだ。


 ともかく、缶詰を開けていると缶切れが壊れて使えなくなってしまった。まあ、でも問題無い。切れ込みはいれたから後はそこに指を突っ込んで無理矢理開ければいい。間違い無く指は切れるだろうがどうせもうすぐ死ぬ身にそんなことは関係無い。


 まだ鋭く痛みを感じられることに驚きつつ缶詰を開けて牛肉を摘み出した。これ、こんな良い匂いのするものだっけ?急に湧き出てきた食欲に突き動かされるまま口に突っ込んだ。美味い。手に付いてた土も一緒に口の中に運ばれてジャリッとするがそれでも美味い。


 ふと思い出すのは一人前の兵士の条件。軍隊では一人前の兵士と認められる条件が幾つかある。


 主な条件は実際に敵と銃火を交えること、そして今みたいに土混じりの食事に慣れること。


 戦場ではどうしても、例えば食事中に飛んできた砲弾が起こした揺れで食事に土が混ざることがある。最初は誰だって土混じりの味にはとても食えたもんじゃないと顔をしかめる。でもしだいにそれに慣れていくのだ。


 ふと己の心中に湧き上がりそうになる衝動を抑えつけた。チーズケーキが食べたいとか母親の手料理が食べたいとか、そんなことだ。


 せっかく死ぬ心の準備を整えたというのにそんなことを考えだしたら死ねなくなる。一度大きく深呼吸をしてその思いを追い払った。よし、俺は帝国兵だ。


 いよいよ最後の時とサブマシンガンを構えた。重量約3kg、45口径の拳銃弾を箱型弾倉に30発装填できるものだ。


 照準の中に国防陸軍の兵士が入ってきた。灰緑色かいりょくしょくの戦闘服に身を包んだ敵兵もまたサブマシンガンを持っている。


 慎重に狙いを定め、どうせ次のマガジンを装填することなんてないから、と弾の消費なんか考えずに一気に引き金を引いた。


 壕の中とあって、銃声がこだましうるさく響き、金色の薬莢が次々と排莢され、壁に当たり落ちる。跳ね回る照準の先で敵兵が倒れ込むのが見えた。


 すぐに顔を出せなくなるほどの応射が始まった。銃弾が壕内の壁に当たり、彼を掠め、擦過音が響く。


 彼が身を縮め、多分こないだろう次の射撃の機会に備えマガジンを交換していると突如爆発が起こり、彼を彼方に吹き飛ばした。


 国防陸軍兵士の投げた手榴弾だが、彼がそれを知ることはもう永遠に無い。

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