第12話 月降る夜に

 司令部の建物の1、2階は瞬く間に制圧され、ランド少将以下参謀連は地下室に設けられた司令部で最後の抵抗をしていた。


 地下室の入り口付近には帝国兵と参謀の死体が数体。サブマシンガンは弾切れか敵の射線上の取りに行けない位置にあり、最後に残っているのは各々の拳銃だった。その拳銃にしても予備の弾倉は一つ、弾は合計14発ばかり。一応机などをひっくり返して即席のバリケードを作っているものの、防弾効果は期待できなかった。


 最早生き残る術は無く、最後の時が来る前に機密書類を急いで焼却していた。地下室で火、という危険な状況だが他に方法はなかったし、階段付近で燃やすことで煙はある程度逃げていき、図らずも敵の突入を抑止していた。さらに誰が思い付いたのか、燃えた木製の机を入り口につっかえさせることで物理的にも突入を阻止していた。


 「しかし、やはり逃げ道は作っておきたかったですな」


 地下室の最奥で少将と参謀達が話していた。


 「仕方あるまい。撤退してきて急遽使うことになったんだ。補強だけで精一杯だよ」


 「それに資材も機材もありませんでしたからね。でも今になって思えばツルハシとかを使って少しづつでも掘りたかったですね」

 

 「会議をしてる横でか?」


 はっはっは、と何人かが笑った。たしかにそんな状況では集中できないだろう。しかしすぐに収まった。もう手を伸ばさなくても触れる距離にある死という現実がそうさせた。


 少将含め、参謀達は皆切実に警備の帝国兵が来てくれないかと思っていたが、残念ながら叶わない願いだった。


 建物前では激しい銃撃戦が展開されており、既に20体ほどの帝国兵の骸がその身を晒していた。救援に駆けつけようとして司令部の建物内から撃たれ、或いはその位置を変えた機関銃によって薙ぎ倒されたのだ。


 現在、帝国兵は司令部近くの小屋に陣取り司令部奪還の機会を窺っていた。とは言え状況は本当に良くなかった。奪還しようと前に出れば司令部のある前方、援護の機関銃の左側から撃たれるという状況だった。ようやくもう一両の戦車が到着したが、十字砲火を浴びせられるのでは戦車を盾にし進むのも無理だった。さらに建物内がどういう状況かもわかないから戦車砲でめった撃ちに、というのもできなかった。まさか自分達の総司令官を戦車砲で撃つ訳にはいかない。


 一方シュタイナ少佐も困っていた。彼は確実にランド少将を殺さなければいけないのだ。この状況なら爆薬を地下室に投げ込めばそれでも良さそうだが、そうすると十中八九地下室は崩れるから確実に殺せたかわからなくなるし、もし逃げ道があったらとんだ間抜けになってしまう。故に突入することにした。


 まず手榴弾で入り口の机を吹き飛ばす。次に地下室に数個、手榴弾を放り投げた。地下室は密閉空間である。だから爆風や衝撃波が反響し、シュタイナらが突入してきても少将らはまともに応戦できなかった。結果として5秒も掛からずに少将らは戦死した。


 シュタイナはランド少将を確認すると忍びないとは思いつつもその頭に一発、撃ち込んだ。これで任務達成である。


 どうせだから最低限、敵部隊の配置図でも分捕っていこうかと考えたシュタイナだが室内はめちゃくちゃで何がどこにあるのか全くわからなかった。仕方なくそのまま退散するのだった。



××××××××


 

 数秒前、シュタイナらが地下室に突入する瞬間。


 手榴弾の炸裂音を聞き、さすがに警備の帝国兵もこのままでまずいと思った。そこで愚策ではあるだろうがこのまま何もしないよりは、ということで奪還に向け建物に突入することにした。


 小屋にはまだ30人ほど残っているため一気にまとまって走れば最低でも10人はたどり着くだろうという考えである。距離はおよそ20m。機関銃から撃たれるのが一番まずいから戦車を左側に配置して、さらに砲撃までさせればそう簡単に撃ってはこれないだろう。それに右側は銃声から判断して機関銃ではなさそうだった。


 残念ながら部下に伝達し、走り出した時には既に銃声は鳴り止み、ランド少将以下参謀連は戦死していた。


 戦車は砲塔を左側に向けた状態で前進を開始し、すぐさま砲撃と同軸機銃を撃ち、制圧射撃を始めた。さすがにこれでは撃てないと機関銃手も判断し下がる。


 下がった機関銃手の相棒はファウストを構えていた。狙いは敵M/4戦車の砲手。


 発射しようとした瞬間、戦車の後方で特大の発射炎が二つ閃き、続けて砲塔の後ろで二つ爆発が起きた。


 最初、小屋の戦車を撃破した二人が回り込んできていたのだ。歩兵の盾となるべく速度は遅かったから正確に砲塔をブチ抜くことができた。メタルジェットが砲塔内に吹き荒れ、車長、砲手、装填手を肉塊に変えた。

 

 当然砲塔からの一切の射撃が止んだ。それを見てとって相棒はエンジンを撃ち抜いた。炎上を始めるともう操縦手と無線手にできることはなく、急いでハッチから脱出したが、即座に機関銃手に撃ち斃された。

 

 付随して、戦車を盾に進んでいた歩兵は爆発をもろに浴びた。戦車の砲塔は高さ的に頭の上くらいで、側にいた者は即死した。残り約20人。


 走り出した30人だったが、結局建物にとりつけたのは5人だけだった。さらにまだ右側の二人から射線は通っており、扉がなかったため慌てて窓から入ったのだがそこでさらに4人が殺された。残った1人は勇敢にも地下室へ向けた走ったが、別の窓からの射線であっさり死体に変えられた。


 かくしてシュタイナ少佐の奇襲はワンサイドゲームに終わり、いきなり司令部が無くなったスリン島帝国軍は大混乱に陥ることになる。

 

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