第31話 密林内の撤退戦
「やけに静かになったな」
丘の上から敵がいる方を見ながら隊長は1人呟いた。既に砲撃も止んでいるのも相まって戦場に似つかわしくない静けさだ。こういう時は大抵二つの場合が考えられる。一つは敵が引いた時。もう一つは再攻撃のための準備を着々と進めている時。
経験則から後者である気がした。副官も同じ意見だった。先程までともすれば狂気を感じるほどに突撃してきていたのだ。諦めたとは思えない。そうなると次はどう攻撃してくるかだ。手痛い打撃を与えたはずだが兵力的にはまだ余裕があるだろう。
先程敵が攻めてきた方向を正面とする。自軍の砲撃は右方向からくるため丘の左側は死角になる。敵も戦線の位置からそれは分かるだろう。となれば次はそちらから来るはずだ。陽動の一環やこちらを釘付けにするために正面からも来るかもしれない。
残存39名中20名を抽出して左側面の警戒に回した。砲撃支援が得られないことから残りのファウストの8割、機関銃4丁中3丁を渡し火力を増強する。
果たして、再び正面から攻撃してきた。威勢が良く、驚いたことにかなり弾をばら撒いてくる。もしかしたら戦死した仲間から弾薬を集めたのかもしれない。というか帝国軍の補給状況を考えればそれしかないだろう。
「砲撃支援を要請しろ!」
即座に応戦しながら隊長は無線手に怒鳴る。
すぐ様砲弾が敵の上に降り始めた。砲火と銃撃に晒されて敵の動きは鈍い。ただどうにも積極性に欠けているように見える。
積極的に射撃はするのだが前進しようという気概が感じられない。窪みになんかの地形に伏せてこちらに向け射撃を繰り返すだけだ。
少しして丘の左側から銃声が聞こえてきた。やはり敵は正面の部隊でこちらを拘束し、側面に部隊を回り込ませてきていた。
かなり勢いが強いらしく、応援を求められたため6名を増援として左側面へ回した。
左側面の帝国兵は猛攻を掛けていた。3丁の機関銃が弾幕を張る中を一才の躊躇無く突撃する。
一秒前に生きていた前を走る味方が斃れれば死体を越えて前へと進む。銃弾と手榴弾の嵐を前にしても帝国兵は前進を止めない。
しかしいかに帝国兵が敵撃滅の気迫に満ち溢れていようと変わらず頂上に迫るのは難しい。斜面は急で衰えた体力で小銃を持っているのだ。彼らは間違いなく全精力を傾けて全力を発揮しているが歩みは遅々としている。
そして斜面には遮蔽物が無い。あるのはわずかな隆起や窪みのみで帝国兵を銃弾から十分に守ってくれない。
そのわずかな窪みに三脚を設置、その上に機関銃を乗せて丘上へ銃撃を始めた。斜面を機関銃を持って登るという重労働を終えた後だが彼らは疲労なんて感じていないかのように射撃する。
丘上からも機関銃の射撃は目立った。散発的にしか銃撃しない帝国兵の中にあって一地点から絶えず射撃しているからだ。
頭を押さえられることを避けるためにも部隊の一人は迷うことなくファウストを発射した。
狙いを違わず着弾すると機関銃を破壊し、それ以上に三人の兵士の肉体を破壊した。
機関銃だけでなく、五人くらいが固まって即席で火力支援班を編成して射撃してきていればそこにも撃ち込んだ。
数で劣っているいる以上火力でも劣る訳にはいかない。火制されて頂上へ突入されようものなら敗北は決定する。
狙撃手は高価値目標だなんて言っている場合ではなかった。通常であれば指揮官や無線手を狙うが、夜の帳の中をがむしゃらに突撃してきている中からそれを判別するのは困難だ。何よりそんなの関係無く突撃してきているのだからとにかく撃つしかない。
手榴弾は一方的に部隊が投げていた。帝国兵はまだ投擲距離に近付けていないし、体力の衰えを考慮すれば普通より肉薄しないと使えない。
それでも帝国兵は銃弾と手榴弾の中を突き進む。
正面の敵は変わらず積極性には欠けているが、それでも砲撃から逃れるためにもじりじりと頂上に近づいてきていた。彼我の距離が近付けば砲兵隊は味方を撃たないように砲撃を止めざるをえない。
そろそろ弾薬の心配をしなければならなかった。豊富に弾薬を持ってきていたとは言え交戦に次ぐ交戦でかなりの量を消費している。
それを反映して全員が自然と単発射撃に切り替えていた。狙撃手は弾薬の幾らかを機関銃手に渡した。同じ7.92×57mm弾を使用するから共用できるのだ。
だが正面に限って言えば急勾配と砲撃支援のためまだ持ち堪えられている。元より帝国兵もここを突破しようとは考えてはいないから正面はそれほど問題にはならない。
心配なのは左側面だ。絶えず連射音が鳴り響いている。
砲撃支援が受けられない分苦しい戦いを強いられている。
そうして耐えることしばし。とうとう迎えの機が来た。無線に連絡が入る。
「こちら親鷲。迎えに来たぞ。あと10分で着く」
「了解、着陸地点に変更は無い!かっ飛ばして来てくれ!」
「こちら親鷲了解」
あと10分で合流地点へと行かなければならない。方向としては丘の真後ろだ。
すぐに後衛を残し丘を下る。後衛には残余の弾薬、対戦車擲弾、手榴弾の全てを渡す。下がっていることを悟られないためにも、もしバレたとしても足止めのために後衛には強大な火力を発揮してもらわねばならない。
先発組が丘を駆け下りている間、後衛はありったけの持てる火力全てを敵に叩き込んでいた。どうせもうすぐ離脱する。それに対戦車擲弾など地形的にも戦術的にももう必要無い。
先発組が丘の麓まで下りると今度は後発組が下りてくる。痛打を浴びせたからすぐ後ろを帝国兵が追撃してくることはない。
後退していることに左側面の敵がいち早く気付いた。だがまだ気付いただけで追撃には移れていない。
また交互躍進で合流地点を目指す。二人だけそれに加わらず先に合流地点へ急いだ。彼らは迎えの機を着陸させる任務を負っていた。
幹線道路の一つに出ると信号弾発射器から照明弾を打ち上げた。辺りがぼんやりと明るくなる。
「今照明弾を打ち上げた。視認できるか?」
無線で迎えの機に問い合わせる。
「こちら親鷲、確認した。着陸態勢に入る」
太陽が昇り始めている曙光の差す中とは言え明かりは十分ではなく、航空機をこんな場所に着陸させるだなんて正気じゃない。しかしやらなければならないし、やれるだけの練度はあるのだ。
道路に沿って照明弾を打ち上げる。機体からも照明弾を打ち上げて、なんとか着陸できる程度には地形を把握できるようになった。
迎えの機は四機。最後尾の機を除いて全機主翼に付いているランプを点けた。本来は衝突防止のためのものだが今回は先頭の機に続くことで着陸できるように点けている。
交互躍進で機に向かっている部隊に戦闘機から無線が入った。信号弾を打ち上げてくれれば爆撃で敵を足止めできると言う。明かりが十分ではないし水平爆撃だから正確に投下できるわけではないがそこは爆弾の威力がある程度カバーしてくれるだろう。
部隊は急いで赤の信号弾を頭上に、緑の信号弾を敵の方向に向けて打ち上げた。これで戦闘機はどこに爆弾を投下すれば良いのかがわかった。
戦闘機の爆撃で敵が止まった隙に部隊の全員が迎えの機に殺到した。
「乗れ乗れ!先頭の機から乗るんだ!」
隊長は怒鳴って部隊員を機へと押し込む。先頭の機から乗せるのは先頭が離陸しないと後続機が離陸できないからだ。
「乗ったぞ!」
定数の10人が乗ったら部隊員が叫び、それを聞いたパイロットがエンジンを全開にした。ガタガタと荒く路面を滑走すると飛び立った。
2機、3機と続き隊長は最後の機に乗った。と、敵が追いついてきて銃撃を始めた。
距離があるため正確な射撃ではないが命中弾が出始めた。この機は短距離離着陸性能を重視した機だから防弾なんて物は一切ない。
「ぐあっ!」
一人に機体の壁を貫通してきた弾が当たった。
「乗ったぞ!飛べ!」
隊長が叫び機が加速を始めた。離陸するまでの間にさらに数発が当たった。幸い、人員や操縦系統に損傷は無かった。
肝を冷やしたがなんとか機は浮かび上がった。もう銃弾が飛んでくることはない。
助かった。隊長は深くため息をついた。
最終的に部隊は橋を確保し続けることこそ出来なかったものの、帝国軍部隊を攻撃したことで多大な損害を出し、橋のことは忘れてしまっていた。つまり部隊はその任務を果たしたことになる。
後日、国防軍の先鋒がその橋を渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます