第47話 闇夜の敵艦隊

 空母マーズの艦長であるマリーンマン艦橋の中でコーヒーを嗜んでいた。依然として予断を許さない状況ではあるものの、ひとまずスリン島からの将兵の収容が無事完了したことに安堵していた。


 まさにコーヒーを啜っている時だった。闇夜にいきなり猛烈な紅蓮の閃光がほとばしった。続いて砲声と爆発音が響いてくる。驚きのあまり危うくコーヒーをこぼすところだった。


 音のした方を見れば轟々と燃え盛る我が方の重巡洋艦が見えた。そして砲撃の閃光は連続し、その度に敵戦艦、重巡、駆逐艦の艦影を映し出す。


 「見張りは何をしていた!」


 心からの絶叫だった。


 輪形陣を組んでいるため空母は艦隊の中心部にいる。それなのに近いところまで敵艦が突っ込んできている。ともかく、指示を出さなければならない。叫ぶだけの艦長など艦長ではない。


 「機関最大!取り舵20°!」

 

 突入してきている敵艦隊から遠ざかる針路を指示した。


 何故敵艦隊の突入を許したのかと言うと誤認が原因だった。最初に外周の駆逐艦がレーダーで艦影を捉えたものの、支隊が艦砲射撃を終えて合流するのだと思い込んでいた。予定時間より早かったし艦数も少なかったが、何らかの反撃を喰らい数を減らし、早めに切り上げたと勘違いしたのだ。


 さらに無線封止を行っていたため通信手段は発光信号に限られていたが当然国防軍が応えることなどなかった。そうして不審がり対応しようとしている間に輪形陣へと切り込んで行ってしまった。


 無線封止については、撤退作業中のためスリン島西方にいた際は行われていなかった。艦隊の位置はほとんど判明していたため位置を隠匿することはあまり効果が無く、そんなことより無線を使用することで円滑な作業を望んだのだ。しかし本土へ撤退する際には自艦隊の位置の隠匿のため無線封止を行わねばならなかった。


 ともかく、突然のことに艦隊は極度の混乱に陥っていた。そんな帝国軍とは違い国防軍は次々と砲雷撃を見舞った。左右に存在するのは全て敵艦である。下手に砲撃すれば味方撃ちをしかねない帝国軍とは違い何の躊躇も無く撃つことができた。


 至近距離から46cm砲9門の斉射が空母オリオンに全弾命中した。航空機用燃料庫や船舶用の燃料庫も巻き込み、空母は一瞬にして巨大な松明と化し、周辺の海を照らす。絶好の射撃の的となっているところへ駆逐艦が魚雷で止めを刺した。


 帝国軍艦隊は全艦が回避のために滅茶苦茶に動いているから周囲の艦が敵かどうかなんて把握仕切れない。砲戦では切り札となる戦艦も一発も撃たないまま砲撃で、あるいは雷撃で戦闘不能にされた。


 国防軍艦隊は鶴瓶つるべ撃ちとばかり撃ちまくり、そこかしこで帝国軍艦船から被弾による爆発、水柱が起きた。


 そして国防軍はレーダーで新たな獲物の群れを見つけていた。補給船団だ。そこで重巡二隻と駆逐艦全てを補給船団攻撃に割り当てた。


 補給船団は戦々恐々とした空気に包まれていた。何せ補給船は対艦装備を持たない。対空用に少しばかりの機銃を装備していれば良い方だ。護衛に駆逐艦が付いているが数が多いわけでもない。にも関わらず水平線の向こうからは絶えず砲声と爆発音が聞こえ空は茜色に染め上げられている。


 全速で離れつつあるものの所詮は補給船団。船足が早いとは言えない。艦橋では乗組員が、甲板では兵士達が焦燥感を顔に浮かべていた。接敵した以上無線封止に意味は無く、様々なやり取りが飛び交っていたが混乱を伝えるばかりだった。


 外郭の駆逐艦がレーダーで単縦陣を組み疾駆する艦影を捉えた。この混乱の中で綺麗な単縦陣を組みこちらへ接近する味方などいるはずがない。


 駆逐艦の艦長は直ちに無線と発光信号で補給船に待避するよう告げた。補給船は蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。一見無秩序だし、たしかに統制の取れていない部分もあるが、一網打尽にされるのを避けるためという意図も含んでいる。


 だがそれを見た国防軍は艦隊を二つに分け大きく包囲するような機動を始めた。艦数が少ないため補給船全隻沈めることなどはできないが一隻たりとも逃がさんという殺意の高さを感じる。


 補給船襲撃を阻止すべく護衛の駆逐艦が続々と集まり始める。レーダーで重巡クラスの艦船を捉えており、砲戦で勝てる見込みは薄いが魚雷はある。


 ……いや。そこまで考えて魚雷を使えないことに気づいた。敵艦隊は味方艦隊の方から来ている。つまり魚雷を撃てば味方に当たる可能性がある。


 歯軋りした。勝てる見込みが無くても護衛である以上戦わねばならない。負けるとしても補給船を逃す時間を稼ぐことができる。


 とは言え、いくら軍人とは言え、いくら死ぬことを恐れないとは言え、これから死地に立つのだ。固く握りこんだ拳は汗ばんでいた。


 しかしこれは重巡に対しての話。駆逐艦同士なら十分勝負にはなる。……圧倒的劣勢というのは変わらないが。


 駆逐艦は敵の針路を抑えるように舵を取った。


 初弾は重巡から放たれた。夾叉はしていないものの近い。


 「撃ち返せ!」


 砲弾が届く距離ではなさそうだが一方的に撃たれるよりかは良いと判断した。無抵抗の獲物より抵抗する獲物の方が手を取らせる。


 敵からしたら当たりもしない弾を撃つ無能に見えるかもしれない。だが一方的に撃たれるよりかは精神的に楽だ。


 いよいよ駆逐艦の砲でも届く距離まで接近した。執念が実を結んだのか命中弾を出した。艦橋内が沸くが大した損害は与えていないようだった。後続の駆逐艦が射程に入ったのでそちらに目標を変更するよう砲術長に命令した。


 敵重巡の砲弾が命中した。損害箇所の報告が入るが戦闘航行共に支障無し、だった。なぜ魚雷を投棄しておかなかったのかと悔やんだ。もし直撃するか引火したならこの艦は一瞬で沈む。敵も味方もいない海域はあったのだから捨ててしまえば良かったのに焦っていてすっかり忘れていた。今となっては何も無いことを祈るしかない。


 敵の駆逐艦も砲撃を始めていて周囲に水柱がそそり立つ。味方の駆逐艦も砲戦に参加しているが対艦戦闘を想定した配置ではなかったため綺麗な陣形は組めていない。


 敢闘を続けるも被弾は続き火災も発生した。やがて前部甲板の主砲は砲撃しなくなり、艦も傾き始めた。いよいよ艦の各所を火が舐め、ダメージコントロールは追いつかない。もはやこれまでだった。総員退艦が発令された。


 補給船団に対する攻撃はあまりに一方的なものになった。通常全砲塔の統一射撃を行うものを砲塔各基が個別に撃った。それだけ彼我の距離は近かった。


 装甲など無い補給船は一発の被弾でも容易に致命傷になる。大抵二発四発と撃ち込まれるから狙われた補給船は沈められるしかなかった。


 さらに40mm、20mmの対空機関砲も射撃に加わった。艦砲ほどの威力は無いが内部の人員を引き裂き、血の海にし、機材を破壊し火災も発生させた。


 戦闘艦より防御設備に劣る補給船は一度火災が発生するだけでも致命的だった。

 

 退艦命令が出されてもスリン島から引き上げてきた将兵は体力が無い。退艦できずに焼かれるか溺死する兵も多かった。海に飛び込めたとしても救助が来るまで浮いていることは難しく、たとえ何か漂流物にしがみつけたとしても体力が保たずに没した兵もいた。


 散り散りに逃げたとしても国防軍はレーダーを用いて追撃した。補給船より駆逐艦や重巡の方が早いのだから狙われたら逃げることなどできない。


 国防軍も全ての補給船を追撃できたわけではなかったが各艦は残弾が一割を切るまで撃った。この補給船団攻撃によって帝国軍はニ個師団を優に越えるおびただしい数の人員を失った。


 輪形陣を組んでいた戦闘艦についても戦艦二隻、空母一隻を筆頭に二十隻近い艦艇を失い、艦隊司令まで戦死した。沈まなくとも損傷した艦艇も多く、二隻がその場で雷撃処分された。


 対して国防海軍は被弾した艦こそあるものの撃沈された艦は無く、スリン島戦役における最後の海戦は国防軍の圧勝で終わった。

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