第41.5話

 月明かりの僅かな深夜、帝国軍艦隊の戦艦二隻を主軸とする一支隊が救援艦隊から抽出、スリン島西方の沖に派遣された。


 任務は勿論スリン島の前線一帯および港に通じる街道への艦砲射撃だ。時間稼ぎのための部隊が後退する間、砲撃を行うことで追撃を阻止する。スリン島から撤退後には港にも砲撃を行い今後国防軍が利用可能な状態にすることを遅らせる。


 ……まあトロン港は大規模な使用には適さないし地理的にも国防軍が復旧させる必要性は薄い。が、砲撃で破壊しておいて損は無い。


 戦艦及び重巡がスリン島に近づき艦砲射撃の姿勢をとり、外周では駆逐艦が国防海軍の潜水艦に警戒している。


 何せ艦砲射撃中は非常にゆっくりと一定の速力で直進する。もし潜水艦に捕捉されたら容易に命中弾を食らう。駆逐艦の聴音手は全神経を張り詰めさせて海中の一切の音を聞き逃すまいと耳をそばだてていた。


 「対陸上戦闘用意!」


 戦艦の野戦指揮艦橋で艦長が号令を掛け、カーンカーンカーンカーンと戦闘態勢へ突入する鐘の音のアラームが艦内に響き渡る。


 『艦内各所非常隔壁閉鎖良し!対陸上戦闘用意良し!』


 戦闘態勢が整ったとの報告が指揮所に届く。


 砲術長が国防軍支配地に砲撃を行うべく具体的な命令を出していく。


 砲術長の指揮の元、射撃指揮所は射撃に必要な各種諸元を調整、算出する。今回はある程度事前に基本となる目標の算定と弾道の計算は済んでいる。


 元々は帝国の島だから戦略的な要衝となる街道や施設は知っているし、撤退の援護に限定となれば打撃を加えるべき目標は限られてくる。


 後は風速や湿度などの実地でしか得られないデータを集計、砲撃に必要な諸元を算出したならばそれに基づきいよいよ砲塔が動く。


 存在する中で最大の砲を積むのが戦艦だ。その最大の砲の一つである45口径40.6cm砲が二門一基、合計八門四基が仰々しい威厳を振り撒きながら旋回、砲身を定められた角度まで持ち上げた。


 その様を見たある兵は振り上げた棍棒と表した。また別の詩的な表現をした者曰く、持ち上げられたる砲身まるで研ぎ澄まされた牙狼の下顎がごとく。まさに喰いかからんとする牙なり。


 「主砲、撃ちーかた始め!」


 砲術長の号令一下、全八門が一斉に火を噴いた。月明かりに僅かに部分的な輪郭が浮かび上がるだけだった艦影が転瞬、噴火にも等しいまばゆきが艦全体を照らし出す。


 艦橋にいた全員があまりの紅蓮の強さに目を眩まされ、弾頭重量約1トンの榴弾が初速およそ800m毎秒で飛んでいく。


 着弾観測が行えない都合上、着弾を元に諸元の修正は行わずとにかく数を叩き込んでいく。ある程度の着弾の散らばりは数と巨大な砲弾の暴力で補う。


 一方撃たれる側の国防軍は事前にスリン島に不自然なほど接近する分派された艦隊を発見して意図を察していた。


 つまり艦砲射撃に備える時間的猶予があった。そして帝国軍の、国防軍に対して十分な偵察が行えていないこと並びに帝国軍が撤退中という状況を考慮すれば目標は絞られる。


 加えて艦隊がスリン島の沖合に到達するのは夜、艦載機をカタパルトを用いて発艦させることはできても偵察はできない。


 ならば砲撃を加えてくるのは帝国軍が所持している地図に記載があって、かつ動かないもの。そこに撤退の援護を合わせれば街道が目標になるというのは容易に想像がつく。


 いよいよ艦砲射撃に晒された国防軍だが被害はあまり出ていない。十分に備える時間があったことでそれぞれの部隊は街道から大きくれタコツボも掘った。さすがに艦砲射撃の前では無力だが、それでも飛んでくる破片や障害物からは身を守れる。


 やがて砲弾が空気を引き裂く飛翔音、着弾によって引き起こされる爆発と衝撃が地面と共に将兵を襲う。絶えず襲う着弾が将兵の心を揺さぶるが、やがてそれも過ぎ去った。


 場所を戻して再び帝国軍戦艦艦橋。


 トロン港への砲撃を終え、もって全ての目標に対し規定の弾数の射撃を終え、砲術長は射撃を止める命令を出す。


 「主砲、発射止め」


 『こちら射撃指揮所、人員武器異常無し。発射弾数榴弾147発、残弾53発』


 「了解、主砲全基攻撃止め」


 これで作戦は成功裡に終了です、と砲術長は艦長に頷く。


 「良くやった諸君。対陸上戦闘用具収め」


 『対陸上戦闘用具収め良し』


 砲戦の終わりを告げる命令の後、今度は艦の戦闘態勢を解く命令が令される。


 「戦闘用意用具収め」


 『戦闘用意用具収め良し』


 艦隊は潜水艦への警戒態勢を最大限にとりながら本隊との合流を目指す。

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