第10話 始まる

 翌日。


 スリン島の上空を国防軍の攻撃機、シュトゥルムが護衛の戦闘機と共に飛んでいた。


 最初、帝国軍の誰もがいつもの航空偵察だと思っていた。しかし前線の上空を緩やかに旋回しながら飛び続けることで幾人かの帝国軍将兵はある事に思い至った。


 弾着観測機。文字通り砲弾の着弾地点を確認し、修正すべき諸元を伝えて火力を誘導する。


 そして今回、戦場の上空に飛んで来たのは国防海軍の艦上機。行われるのは国防陸軍砲兵隊による砲撃ではなく国防海軍艦隊による艦砲射撃である。


 120mmクラスが重砲として持て囃される陸とは違い、今回艦砲射撃に参加する戦艦の主砲の最大口径は460mm。文字通り格が違う。


 スリン島沖合に接近し、艦砲射撃に参加する国防海軍艦艇は最新鋭戦艦二隻を筆頭に、さらに戦艦二隻、重巡洋艦八隻。対空対潜警戒として外輪に駆逐艦が一二隻。前線への火力支援としては、正直過剰過ぎる威力である。


 砲撃のため速度を10ノットに絞り、各艦の砲塔が重々しくスリン島を向き、砲身が持ち上げられる。


 観測機から情報に基づき諸元を調整した各砲は、いよいよ鋼鉄の唸りを上げた。




 果たして、帝国軍将兵の予想に間違いは無く、それを証明するかの様に空中を飛翔する弾頭が空気を切り裂く音が聞こえ始めた。陸軍が運用する砲とは明らかに異質であり、砲弾の質量の違いが感じ取れる。


 「伏せろ!」


 「隠れろ!」


 所属、階級に関係無く、前線の帝国軍将兵は声の限り叫んだ。


 砲弾は深々と地面に突き刺さり、一度炸裂すると木々ですら軽々と宙に放り上げる。防衛陣地ですら艦砲の前では無力だった。


 そもそも帝国軍の陣地は頑強に作ることができていなかった。元々敗戦を重ねて現状まで押し込まれているため、元々の防衛陣地は皆無と言って良かった。資材すら碌に無く、重機材はこれまでの後退の中で放棄されていたため塹壕と木でできた簡易トーチカぐらいしかなかった。


 さんなものが艦砲に耐えられるはずもない。待避壕に隠れていた兵は直撃で吹き飛ぶか埋め立てられ、木製トーチカはあっけなく破壊された。


 待避壕に隠れている帝国兵は信じがたいほどの轟音、そして揺れに心を擦り減らされ、ただただ当たらないでくれと願っていた。


 そして次の瞬間にはあっさりと殺されていた。前線の空に砲弾の炸裂により舞上げられた土、木材、そして人体や装備品が飛ぶ。


 元より心無い陣地であったが、今や完全に破壊され、その機能を喪失していた。


 かくして国防軍の攻勢は開始された。帝国軍の予想ではあと一週間程あったが、そもそも帝国軍は情報収集の手段が限られていた。使えるのは爆撃機による高高度偵察(未帰還率は高かったし、画像から詳細を読み取るのはそれなりに困難だった)くらいだった。他には潜水艦の接敵率も参考にされていたが、絶対数が少ない上にしばしば打電前に撃沈されていた。


 ともかくもスリン島最後の攻防戦の幕は切って落とされた。

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