最終話
スリン島の密林。
「降伏しろ!」
国防陸軍の兵が帝国語で密林内の帝国兵に叫ぶ。現在国防軍は帝国軍の残敵を掃討中である。
今国防軍の兵士と対峙しているのは死兵として前線に配置された帝国兵の一人だ。彼の部隊は国防軍の戦車を先頭にした機甲師団と機械化師団の速度に到底着いていけず戦線の奥に取り残された。
さらに攻勢初日にランド少将をはじめとした司令部が殲滅されたことで指揮通信系統も壊滅、特に周辺部隊との有機的や連携ができなくなったのが致命的だった。何も情報が入ってこなくなったのだ。
もちろん既に帝国軍がスリン島から完全に撤退したことも知らない。ただあれだけ頻繁に聞こえていた砲声が聞こえなくなったことや上空を飛ぶ機が敵味方含めてなくなったことからなんとなくは察していた。だが実際は撤退は完全には完了していないかもしれないし救援が撃退されたという事態も考えられる。
そこで部隊は降伏するかそれとも戦い続けるか議論になった。問題になったのはランド少将からの命令内容だった。友軍が撤退するまで時間稼ぎの死兵となれ。要約するとこうなのだが、では仮に友軍の撤退が完了していた場合はどうすれば良いのかの記載が無い。
順当にいけば友軍の撤退完了を援護するという目的を果たし部隊の戦闘能力はもう無いのだから降伏、となる。だが一切の情報源から遮断された状況では確証が持てなかった。
国防軍は軍用機からチラシを撒き、あるいはスピーカーから大音量で降伏を促すなど各種降伏勧告を出している。
だが軍人として敵の言う事を信じるのは問題だし、仮に降伏したとして降伏勧告の内容が嘘だったらとんだ間抜けになってしまう。
軍事国家にしてファシスト独裁の国、帝国。そんな帝国では降伏を恥とする価値観は根強く戦死は無上の名誉だ。
少なくとも彼に降伏する気は無かった。対連邦戦線に従軍した経験のある彼にとって捕虜になるのは虐殺されることと同義だ。実際彼自身捕虜を処刑したし、パルチザンに便宜を図る可能性があるから老人から幼児まで殺した。女?銃を握れるんだからパルチザンになれる。だから殺すのは正当な行為だ。
対連合皇国において捕虜や民間人が処刑されたとの報告は聞かない。しかし捕虜の処刑は程度の差こそあれあるものだろう。
だから国防軍兵の訛りの強い『降伏しろ!』の怒鳴り声に彼はサブマシンガンの掃射で返した。
すぐに応射が始まった。サブマシンガン、セミオートマチックのライフルに加えて機関銃も混じってる。近くの木の幹に弾けるような音と共に次々に銃弾がめり込む。
木の陰から銃口だけを出して
一方の帝国軍参謀本部だが、国防軍の戦力を拘束できると考えて非情なようだが何も知らせようとはしなかった。
島に残された帝国兵は約100人。長い者は約一ヶ月間ゲリラ戦を展開した。最終的に掃討戦により殲滅されるが彼らは最後まで狂信的であり、捕虜となった者は一桁だけ、しかも大半が昏倒している間に国防軍に発見されたものだった。
×××××
ラジオから帝国軍の代表的な行進曲が吹奏楽の勇壮な演奏と共に流れ始めた。そしてラジオからこの曲が流れるということは何かしら帝国軍からの発表があるということだ。街頭で、あるいは個々人の住宅で、人々は耳を澄ました。
『帝国軍総合参謀本部発表!スリン島に作戦展開中の帝国軍は連合皇国国防軍と激戦敢闘、
スリン島の戦局に関する放送から一週間後、今度はランド少将の戦死についての放送が行われた。
悲壮な調べを奏でる曲がラジオから流れる。帝国軍葬送曲。葬送と付く通り高位の軍人が死亡した際に演奏される曲だ。広く一般に知られているとは言えない曲だがその調べを聞けば大方何があったのか察することができた。
『帝国陸軍スリン島最高指揮官ランド陸軍少将は同島にて全般作戦を指導中、敵と交戦、壮烈なる戦死を遂げたり。』
『総統閣下ご列席の元、ランド陸軍大将の厳かなる軍葬は執り行われました。武人、これに勝る栄誉無しとしなからも軍楽隊の物悲しい調べは葬場に響くのでした』
撤退せよ!! @yositomi-seirin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます