第37話 着艦
国防軍航空基地の襲撃を終えてコバルトブルーの艦載機がポツポツと艦隊に戻ってきた。
着艦の優先順位は燃料が少ない順、あるいは艦爆等複数人が搭乗している機体で、且つ銃手が負傷していて緊急の治療を要する場合だ。
着艦作業のため空母は直進し、着艦に失敗した機の搭乗員救助(俗にトンボ釣り)のために駆逐艦が空母の1km後方につき内火艇を用意する。潜水艦警戒のために艦隊の外周を駆逐艦が警戒する。
バラバラと出力を絞った空冷エンジンの乾いた様な音が空母甲板に届く。
パイロットにとっては最も難しいのが着艦だ。人から見れば巨大な空母も時速数百kmで空を飛ぶ航空機からは木の葉の様にしか見えないほど小さい。その木の葉に機体を操り降り立たせるのだ。制御された墜落と言われるのは決して誇張ではない。
そして甲板の後端では着艦信号士官、LSOがパイロットを補佐すべく着艦作業中の機が適正なコース、速度で空母にアプローチしているか機に手旗で信号を送る。
最初に着艦しようとしているのは艦戦。見たところ損傷はしていない。ランディングギアも、甲板に張ってあるロープを捉え強制的に減速させるアレスティングフックも下りている。自身もベテランのパイロットである着艦信号士官は己の耳に捉えるエンジン音の大きさで出力を推定、アプローチ全てに問題無いことを確認しそのまま降りてこいと信号を送る。
ダァン!と機体が大きな音を立てながら空母に沈み込む様に降りた。尾輪の後ろに付いているアレスティングフックが甲板に幾重にも張られたアレスティングワイヤーを引っ掛けた。200kmはあったろう艦戦の速度を一気に0まで落とす。当然その急激な制動に艦戦は前につんのめる様にして止まった。パイロットにはベルトがさぞ食い込んだことだろう。
ちなみにこのワイヤー、フックに引っ掛けられた状態で破断すると容易に人の四肢を切断する威力がある。
彼自身は見たことも体験したこともないが過去にはあったらしい。講習で教官が触れていた。
ともあれ、着艦に成功した機は艦前部か中部のエレベーターを使って格納甲板へと下げられる。どのエレベーターを使うかは機がどの位置で止まったかで決まる。
着艦信号士官はチラと横目で同型艦である空母マーズの方を見た。過日の損傷で前部と中部のエレベーターが使用不能になり後部エレベーターしか使えなくなっている。
着艦した艦載機は特に問題が無ければそのままエレベーターの位置まで自走させてしまえる。しかし後部エレベーターしか使えないとなると人力で機を後退させる必要が出てくる。当然航空機は前にしか進めないからだ。
安全のためにエンジンを切ってプロペラの回転を止め、10人くらいが束になって機体を押すのだ。ちなみに艦戦だと一番軽い空虚重量の状態で2,674kg、約2.7トン。今は戦闘から帰還した後だから銃弾や燃料が減っているから一番重い総重量の3,617kg、約3.6トンよりは軽いがそれでも2.7トンよりは重い。
マーズの甲板上を見るとかなり前よりで艦戦が止まっている。戦闘後の平静ではない精神状態でただでさえ難しい着艦だ。平素なら下手くそな着陸、と評されるだけで済んだが今は後部エレベーターまで押していかなければならない。大変そうだ。
艦隊外周に目を向けると何らかの原因で着艦不可能となった機体が海面に不時着水、もしくはパイロットが機を捨てパラシュートで海面に降下している。救助の駆逐艦や多数の内火艇は大忙しだ。
やがて無傷な機が着艦を終えると次は損傷機の着艦だ。元より着艦失敗に備えて甲板には応急班が待機しているが損傷機の着艦となれば来て欲しくない出番が来てしまう可能性が上がる。自然、緊張は高まる。
甲板にいる全員の緊張が高まり固唾を飲んで見守る中、損傷機の一番手はまだ軽微な、左翼にだけ損傷のある機体だ。燃料タンクに被害があったらしく燃料が白い尾を曳いている。
着艦に向け速度を下げるにつれて左翼の揚力が失われ始め機が左に傾いていく。
まだエンジンを全開にしていれば少しくらいの被弾なら航空機は案外飛べる。エンジンの推力、前に進む力で強引に機体を引っ張ってしまえるのだ。
左に機が傾いていることを知らせつつ、さあ腕の見せ所だぞ、と着艦信号士官は心中でパイロットを励ます。
パイロットは操縦桿を右に倒し、エンジン出力を上げることで対処しようとし、かなりフラフラになりながら、かなり危なっかしくも何とか着艦した。
悲劇が起きたのはこの後だった。
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