第34話 航空基地奇襲
アリル少尉はコックピットの中から立ち昇る黒煙を見た。方向は目標とする敵航空基地だ。奇襲が成功したのだろう。となれば迎撃機はあまり来ないはずだ。
たしかに、国防軍は消火に復旧にと大混乱で、滑走路が被害を受けたのもあって迎撃機を上げることは出来なかった。しかし六機の哨戒機、そして対地攻撃を終え帰投中のシュトゥルム二機、そして護衛機の二機がいた。
とは言え全機合わせても10機。太刀打ちなど到底できない。それでも数機撃墜すればそれだけ爆弾は降り注がなくなる。
実は一撃離脱を駆使すると攻撃機シュトゥルムは空戦において非常に強力な存在となる。元々、大重量爆弾を懸架するために強力なエンジンを備えているし武装も30mmを搭載している。揚力を発生させるために大きな主翼を持ち、ロールも悪くないため鋭い旋回ができる。もっとも、エネルギー保持率は悪いから格闘戦になったら厳しい。
基地のレーダーと通信は依然健在であり、管制官は即席の迎撃隊を帝国軍編隊の上空へと導いた。
先陣を切ったのはシュトゥルムだ。急降下爆撃のための速度耐性を存分に活かした急降下で襲いかかる。帝国側の護衛機が追いきれない速度で突っ込んだ。
アリルは飛び込んで来た無線で迫るシュトゥルム二機を視界に捉えた。護衛機を無視した敵機は深々と刃を突き立てるかのように機関砲弾を放ち、一機を撃墜し一機に深手を負わせた。
編隊の下に離脱していく機影を追える者はいない。もっとも追えたとしても護衛機が追うことはないが。
続いて戦闘機が迫る。
『編隊を崩すな!あぶれた奴から喰われるぞ!』
無線を通して編隊長からの指示が飛ぶ。防御銃座が火を噴いた。
それでも敵戦闘機は構うことなく突っ込んできて八機を撃墜していった。
攻撃後はやはり編隊の下に突き抜けて離脱していく。降下で得た速度を持っているがゆえに護衛機は追い切れない。
離脱していく敵機を目で追うと編隊の前方で上昇し始めた。また一撃離脱を仕掛けてくるつもりだ。あれを繰り返されると打つ手が無い。
ただ飛行基地の対空砲の射程を考えるとあと一撃凌げば敵機は去る。
アリルは操縦桿を握る手に力を込めた。回避のために多少編隊を外れることになっても敵機が空域から離脱していくのなら問題ない。
再び接近する敵機を睨みつける。護衛機は職務を果たすべく敵機の針路上に立ちはだかるように移動する。そして敵機が降下を開始すると同時に機首を上げた。ヘッドオンの構えだ。
敵機の内一機は護衛機に目標を切り替えねばならなかったようだ。護衛機が火を噴いた。
視線の先で黒点が急速にその大きさを増す。こちらにダイブしてきていた。編隊が乱れるのを承知で迷わずフットバーを踏み、操縦桿を倒す。
Gが体に掛かる中、視界の隅に敵機が急降下で抜けて行く影が見えた。狙われたのは自機ではなく隣の僚機だった。翼をもがれ、炎に包まれながら墜ちていく。
搭乗員の顔をありありと思い描けるが今はそんなことをしている時間ではない。敵機の行方を追うと戦闘空域から離脱するようだった。代わりに黒煙の花が周囲に咲き乱れる。
美しい薔薇には棘があると言う。ふとそんな言葉を思い浮かべたアリルだがどう考えても周囲の状況はそんなに
一機、至近距離での炸裂でまるでアゴにアッパーを喰らったかのようにどもり打ちながら墜ちていく。
一機、主翼を大量の破片が襲った。翼内燃料タンクが破損し燃料が漏れ出て尾を引いている。揚力のバランスも崩れ、若干左に機が傾いてる。急降下爆撃はできなくなったろう。
護衛機が機銃掃射をかけるべく先行して降下、敵基地に突入する。対空砲火を分散させる役目も担っている。
狙い通りに対空砲火は分散しており、特に機関砲が顕著だった。ただ分散していると言ってもさすがに大規模な基地だ。元々の火器が多い。次々と僚機が損傷していく。
アリルの隊が狙うのは燃料タンク。これを叩き燃料が無くなればいくら優秀な航空機と言えど飛べずただの鉄塊になる。そして元はと言えば帝国軍の基地でありどこに設置されていのかは知っている。奪取された後に燃料タンクを別の場所に移したりはできていないだろう。
盛んに撃ち上げられる対空砲火によってまた一機が墜ちていく。六機が五機になり、四機になった。一機、パイロットが死亡したようでゆっくりロールしながら機が降下していく。
燃料タンク上空に来た。全体が偽装網で覆われているが滑走路との位置関係から判断して間違い無い。あるとわかっていれば偽装網の下にそれらしい円い大型の筒形の人工物が確認できる。国防軍はどうやらご丁寧にタンクに迷彩塗装まで施しているようだ。
編隊の陣形を爆撃用に変え、急降下に入る。耳を
爆撃に全ての意識を集中した。ギリギリまで引き付けて爆弾を投下する。投下後、すぐに操縦桿を万力でもって体に引き付け、機首を起こす。
すぐに後ろから砲弾の炸裂音とは比較にならない轟音がし、機体も危険なほどに揺さぶられた。
後ろを見ると天まで届くのではないかと思うほどの黒煙が立ち昇っている。
編隊に眼をやる。自分含め三機。アリルは考える。最短距離で母艦に戻ろうとすると基地上空で旋回し、そのまま上空を通ることになる。あの対空砲火に再び突っ込むのはさすがに自殺行為だ。
このまま基地上空を突っ切り、遠回りにはなるルートで帰投することにする。去って行く機に用は無いと弾幕は薄い。薄いというか流れ弾が大半だ。
戦闘空域を抜けると緊張の糸が切れ、一気に弛緩する。機体の状況を確認する。飛行に支障を来すほどの損害は無い。被弾はしているため着艦は難しくなるだろう。
編隊の内一機は燃料が漏れており艦隊までは辿り着けないとのことだった。
送り狼を心配する状況にはないため航法だけ誤らないように飛行した。
この攻撃によって国防軍飛行基地は深手を負い、スリン島攻防戦の最終局面というにも関わらずその機能を著しく低下させた。これにより国防軍は確立した制空権を失った。
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