第33話 一本の滑走路

 スリン島国防軍航空基地は帝国軍艦隊が接近中の報に接し、警戒を保ちつつもどこか弛緩した空気が流れているのを否めなかった。何せ制空権は完全に我が方のものなのだ。そもそも帝国軍が使える滑走路など無いと思っている者もいた。


 「ん?」


 レーダー監視員が機影を捉えた。10機の編隊は低空飛行しているとは言え練度的に樹木の上ギリギリを飛ぶことはできない。ある程度の距離までは被発見を抑えられるが当然、樹木スレスレを飛ぶより早くレーダーには捕捉されてしまう。


 「着陸機か?」


 まずレーダー監視員は味方機かと思った。だがそれにしてはおかしい。高度が低過ぎる。着陸前にしては高度を下げ過ぎだし、第一、滑走路の向きとは異なっている。それに着陸するならなぜ編隊10機全てが一列になって飛んでいるのだろうか。


 そこまで考えて監視員は迷わず空襲警報を発令した。すぐ様サイレンが基地中に鳴り響く。


 哨戒中の機は管制官からの誘導に従い迎撃を目指すが急行した頃には帝国軍機は既に対空火器の射程内に入り込んでいた。


 「中止!中止!対空砲の射程内だ!」


 誤射を避けるためにも迎撃は取り止められた。


 対空火器についていた兵員は突然のことに悪態をつきながら操作を始めた。何人かはコーヒーなどの嗜好品をぶち撒けるハメになったが死ぬよりはマシだと考えるしかない。


 先頭の機が基地上空に飛び込んだ。まだ対空火器は対応できていない。基地には滑走路が三角形に三本あり、これを叩けば後は空母からの攻撃隊がやってくれる。どれを叩くかは事前ブリーフィングで各機定められており、それに従い攻撃する。


 最初こそ対応出来なかったが8機目が飛び込む頃には照準は追いついていた。最初に13.2mm機銃、次いで20mm、30mm機関砲、最後に40mm機関砲が編隊に照準を定めた。猛烈な砲火が機を覆い、瞬く間に火達磨となって墜ちていく。9機目も同様だった。主翼を喰い破られて地面に激突した。


 その様子を見た10機目のパイロットは少し針路を変え、さらに必死の思いで高度を下げた。しかし即座の撃墜こそ免れたものの、衝撃に襲われ機の状態を確認すると右翼から出火していた。敵弾は相当近くで炸裂したらしく、破片が機体の様々な箇所に食い込み、墜落は時間の問題だった。落下傘で脱出するには機の高度が低過ぎるし今の機体の被害状況では不時着なんてできない。もうどうやっても待ち構えているのは死だけだ。


 もう帰還できない。ならば一人でも、一機でも多くの敵を道連れに自爆する。視線を巡らせると滑走路の脇に駐機されている攻撃機シュトゥルムが並んでいるのが目に留まった。


 なんとか抱えていた爆弾を滑走路に放り投げると機首をそちらへ向ける。


 「うあああぁぁぁ!」


 死への恐怖、生への執着。様々な感情がないまぜになった絶叫と共にシュトルムの群れへと突っ込んだ。


 並んでいたシュトルムは近接航空支援に備えて大量の爆弾、ロケット、そして燃料を搭載していた。たちまちシュトルムは誘爆し、巨大な炎の塊と黒煙が出現した。破片、それから爆風が周囲の施設や駐機されていた他の機体へ猛威を振るう。


 帝国軍の編隊は3機を失ったが当初の目的を果たすことができた。さらにシュトルムが誘爆したことで基地内に混乱を巻き起こし、被害はそう簡単には復旧できない。空母から攻撃隊が殺到するまでには十分な時間を稼いだ。


 基地上空、哨戒に上がっていた国防軍パイロット二人が無線でやりとりをしていた。


 「少尉、あいつらを追いましょう!」


 ペアの一人がそう主張する。


 「……いや、このまま待機する。どうも嫌な予感がする」


 「はあ、嫌な予感ですか」


 「ああ」


 ペアの片方、上官に当たる中尉の胸の内にあるのは帝国軍艦隊が接近中という事実だった。この事実が無ければ乾坤一擲、一矢報いるための捨て身の攻撃としかみなさなかった。しかし帝国軍艦隊が接近中ということであれば何かしらの作戦と連動しているとみた方が良い。


 そして何か攻撃が来るとすれば現段階では間違いなく航空攻撃だ。となればここで攻撃を終えた敵機を追うのは得策ではない。新たに爆弾を抱えてやってくるはずの敵機をこそ攻撃するべきだ。


 果たしてこの中尉の予想通りになるのだが、滑走路が使えないことにより国防軍側は圧倒的に数的不利な状態での戦闘を強いられることになる。

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