第31話 葛藤

 敵はかなり近くまで迫っていた。おそらく元からこの方向に向かっていて、かつ相当近くにいたのだろう。ともかく急いでどう対応するのか決めなければならない。


 まず本来の目的は橋を使える状態で確保することだ。友軍の先鋒が来るのは早くておよそ12時間後。今すぐ接敵するわけではないがさすがに持久できない。というか40対600の兵力差からして戦えば文字通り全滅する。


 では撤退するのか?微妙なところだ。敵の陣容からして橋の警備ではないはずだ。


 現在のスリン島において動ける戦車が10両近くというのは正面戦力のはず。前線への増援とたまたま鉢合わせてしまった、というのが一番しっくりくる。


 敵の詳細がわからない以上、橋を保全することに全力を注がねばならない。となればやはり交戦するしかないが……。戦ったらほぼ確実に殲滅される。


 もちろん軍人である以上命令に従って死ぬことになっても問題はない。だがそう易々と命を投げ出すのも問題だ。それに特別工兵連隊の面々は最精鋭だ。そう簡単に代わりはいない。命を投げ出す場面は選ばなければならない。


 それに戦力差があまりにも開きすぎている。いくら自分達が精鋭とは言え太刀打ちできない。そして自分は部下の命に責任を持つ立場にある。そう簡単に彼らを殺す訳にはいかないのだ。それに味方には架橋資材もある。現在の戦況を考えればこの橋は死活的に重要という訳でもないだろう。部下の命には代えられない。


 今がそうでないと考えるなら撤退するしかない。橋に設置された爆薬を取り払った以上、爆破される恐れは無い。だが戦車砲で砲撃されるかもしれない。いや、増援が来てるなら壊したりはしないか?とは言え確定しているわけではない。


 逡巡の末、隊長は腹を決めた。


 「よし聞け。下がる」


 「それは……」


 副官は驚きの声をあげた。


 「構わん。お前達の命には代えられん。橋から外した爆薬を利用して敵の動きを止める。それから砲兵に叩いてもらう。その隙に我々は離脱だ。帰りの機に連絡して朝日と共に迎えに来させろ」


 「了解」


 一撃喰らわせている間に戦車と装甲車は通れない鬱蒼とした密林を駆けて離脱する。途中には急勾配もあるから満足な栄養もない帝国兵では付いてこられないだろう。


 


 来た。エンジンと履帯の駆動音が聞こえてくる。双眼鏡で確認する。暗くて十分な視界は得られないが、大体であればわかった。


 戦車の前を装甲車が走っている。それから装甲車より前の森の中を何かが動いている。歩兵だろう。


 散々奇襲を受けて、対策し出したといういうわけだ。だがそれでも今回の作戦上、意味はない。


 先頭の装甲車はやり過ごさせた。そして戦車が来た瞬間。戦車の下で作戦開始を告げる爆発は起きた。

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