第5話 豪傑VS神崎④
間合いを詰め、ハイキックを放って空振りした神崎。その打ち終わりを狙って右フックを繰り出した豪傑だったが、それよりも先に神崎の体がさらなる回転を見せた。
「こ、これは――!」
気づいた時には遅かった。神崎は右の回し蹴りでハイキックを繰り出すと、その回転のまま今度は左の後回し蹴りにつなげた。
「右のハイキックは囮か!」
右フックを繰り出そうとしている豪傑の顔面はガラ空きだった。そのアゴに、神崎の左踵が炸裂する。
「し、しまった――」
アゴに受けた衝撃で脳を揺らされた豪傑のキャラクターは、崩れるようにして仰向けに倒れると、そのまま大の字に伸びてしまった。
『神崎選手の後ろ同まわし蹴りが決まったぁぁぁ! 豪傑選手たまらずダウンッ!』
「ち、畜生!」
豪傑はレバーを激しく回し、ボタンを連打した。だが、カウンターの回し蹴りをまともに受けたキャラクターはビクとも動かない。レフリーはカウント5まで数えたところで、試合を止めた。
『試合終了! 3ラウンド2分48秒、神崎選手のTKO勝ちです!』
地響きのような歓声が観客席から上がる。勝ち名乗りを受けた神崎が軽く手を挙げて応えると「よくやった!」「俺はお前を信じていたぞ!」「逆転の神崎に偽りなし!」など、罵声を浴びせられていた試合中とは打って変わって、褒め讃える言葉があちこちから飛び交っていた。
敗北を喫した豪傑はしばらく動けなかったが、ようやくその重い腰を上げた。そして神崎に問い掛ける。
「最初から、勝つつもりで戦っていたのか」
「当り前だ。勝手に俺が手を抜いていると思い込み、勝手に憤り、勝手に試合運びをした時点で、お前の負けは決まっていた」
踵を返してステージから降りる神崎。その背中を見て、豪傑は「完敗だよ」と豪快に笑う。神崎の負けを予想していた仙人も、眼光鋭くその背中を見つめていた。
「なんと……豪傑を相手にこんな勝ち方をするとはな……」
その隣で華村がホッと息を吐き出す。
「三年のブランクがあっても、逆転勝ちをおさめる勝負強さ。神崎省吾はこれからもっと強くなるわよ」
「いやはや、お主の言うとおり全盛期の感覚を取り戻す前に倒しておかないと、本当にワシらもやられてしまうぞ」
仙人は引き締まった表情で唸った。いくら神崎が凄腕のプレイヤーとはいえ、それは表の世界でのこと。大金が飛び交う地下の緊張感はまた別格。そこでデビューしたばかりのプレイヤーに負けたとあっては、アンダーグラウンドの世界で長年戦って来たプライドが許さない。
だが、新人である神崎のレーティングは低い。現在3位の仙人が負ければ、レーティングを大きく下げてしまい、四天王の座から陥落する恐れもある。
一方で、神崎のクビに賭けられている懸賞金は十万ドル。たった一試合でこれほど稼げることはない。目の前にぶら下げられた好条件は、地下で戦う人間なら誰でも魅力的に映る。神崎が誰かに負けてしまう前に、自分が倒したいと思う動機には充分すぎる高額。
地下での経験値を積めば積むほど、神崎は強くなる。「戦うなら今のうちか」と仙人は独り言ちる。
関係者席で試合を見ていた東堂グループのナンバー3、シノブは神崎の逆転勝ちに驚くと同時に、負け惜しみを言う。
「あんなの……単なる偶然じゃない。破れかぶれで放った回し蹴りが運よく相手のアゴに当たっただけでしょ」
それを聞いた東堂が重低音の声で指摘する。
「あれが偶然に見えるようでは、お前は何度やっても神崎には勝てない」
「えっ……あれが狙いすましたハイキックだと言うのですか?」
「その証拠に、神崎はローキックや前蹴りを何度も放っていた。あれは豪傑が放つフックから逃れるためでも、カウンター狙いでタイミングを計っていたわけでもない。神崎が確認していたのは、打ち終わりを狙ってくる豪傑との間合いだ」
それを聞いたナンバー2、二岡が眼鏡をクイッと上げながら言う。
「通常時に連打されるフックは変則的なタイミングで来る。しかし打ち終わりを狙ってくるフックは一定のリズム。ガードが甘くなるそこに照準を絞り、何度もローキックや前蹴りで豪傑との間合いや、アゴの位置を確認していたということですか」
「その通りだ。豪傑の不規則なファイトスタイルからカウンターを合わせられないと覚るや否や、作戦を変えて一発で仕留める別の方法を瞬時に見抜き、行動に移した。より確実に仕留めるため、相手のスタミナが切れる終盤を狙って繰り出すあたり、抜け目がないと言わざるを得ない」
東堂は改めて神崎を強敵だと認識した。
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