第6話 仙人VS神崎②

 新宿から中央線で揺られ、立川駅で降りる。

 今日はもちろん、昨日の晩飯さえ食べていない神崎は、南口にある『松屋』に入った。人間は食べると睡魔に襲われる。僅かな集中力さえ切らしたくない神崎は、戦いの前には栄養ゼリーやプロテインバーを食べる程度で、まともな食事はとらないことにしている。

 空腹を抱えていた神崎は、券売機でご飯の量はそのままに、肉の量だけ増やした『あたま大盛』のプレミアム牛めしを選んだ。昨日のファイトマネーで手に入れた万券から一枚取り出し、食券を買っておつりを受け取る。

 この店は完全セルフ方式だ。出来上がると番号が表示され、自分でカウンターまで取りに行く。神崎は出来上がった牛めしを自席に運び、湯気が立っている牛めしを一口入れた。程よく脂がのった牛バラ肉に、きつね色になるまで煮込まれた玉ねぎの甘さが、口の中で融合して広がる。そこに程よい硬さで炊かれた白米が相まって、神崎の空きっ腹に染みわたっていく。

 勢いよく頬張っていると、急に背後から声を掛けられた。

「神のごときと呼ばれている男が、こんなところでファストフードに夢中とはな」

 スパーリングの約束をしていた豪傑が、いつの間にか現れた。神崎は口の中の牛めしを飲み込んでから答える。

「腹が減っては戦が出来ないだろ」

「昨夜の一試合で、九千ドルもの大金を稼いだ男のメシにしては、侘しいと言っているんだよ」

神崎は券売機で受け取った釣りのうち、千円札を一枚ポケットから取り出した。

「その侘しい食事に、お前も付き合うか」

「いいのか、悪いな」

 豪傑は遠慮なく千円札を受け取ると、券売機で特盛と生卵の食券を買った。出来上がったそれらをカウンターで受け取って神崎の隣に座ると、見た目に違わぬ豪快な喰いっぷりで、あっという間に食べ尽くす。

「なんだ神崎、まだ食っているのか。早寝早飯もゲームのうちだぞ」

 楊枝でシーシーとやりながら豪傑が言う。神崎はあくまで自分のペースを守り、食べ終わったところで二人揃って店を出た。

 そのまま立川の街をぶらぶらと歩き、大通りから一歩入ったところにあるゲームプラザで立ち止まった。

 現在のゲームセンターに、格闘ゲーム全盛期の面影は微塵もない。あるのはクレーンゲームに音ゲー、プリクラといったアミューズメント色の強いモノばかり。

 そんな風潮に抗うようにして、格闘ゲーム『リアル』を製作する会社が、直営店にアーケードゲームを設置している。

その一つがここ、ゲームプラザリアル立川店。細長い雑居ビルが全てゲーセンとなっており、一階にプリクラとクレーンゲームが、二階には音ゲー、そして今となってはマイナーになった格闘ゲームとシューティングゲームが三階に設置されている。

階段を上がって三階まで行くと、ここだけ雰囲気が違っていた。明るく陽気な下の階と違い、照明の暗さも手伝って殺伐とした空気が流れている。

平日の昼間ということもあって、客は疎らだ。基本的には夏休み中とみられるラフな格好をした若者が多いが、中には営業途中と思しいスーツ姿のサラリーマンもいる。

ここはゲーム好きが集まる場所。神崎は顔がバレないよう、キャップを深くかぶった。そのまま両替機で万券を崩し、百円玉を大量に仕入れる。

半分ほど豪傑に渡すと、背中合わせで設置されている『リアル』の筐体で、さっそくスパーリングを開始した。

「仙人は東堂や一馬と戦ったことがあるのか」

 キャラクターのセッティングをしながら神崎が訊ねた。豪傑は首を振る。

「東堂と一馬がこの新宿コロッセオで台頭してきたのは一昨年だが、一度も対戦していない」

「仙人は創成期から活躍しているベテランプレイヤーのはず。なぜ戦っていない?」

「仙人は長年戦い続けてきた代償として、腱鞘炎を悪化させてしまったんだ。一昨年は酷い戦績で、レーティングをかなり下げていたから、破竹の勢いで勝ち上がっていた東堂や一馬とは、対戦できる環境になかった。戦うどころか、このままでは引退に追い込まれると懸念した仙人は去年、思い切って治療に専念することにした。そして今年になって劇的に復活したというわけだ」

「状態は完全に取り戻している、ということだな」

「三年のブランクがあるお前とは違って、仙人の休養は一年間だけだし、復帰後すでに何戦もこなしているから、もはや全盛期の強さと言っても過言ではないだろう」

 神崎は豪傑が仙人と戦っている経験に興味があった。

「お前は引き分けているんだろ」

「俺が戦った時は、すでに仙人が腱鞘炎で苦しみ始めていた。1Rと2Rでポイントを取られ、最後の最後でやみくもに打ったラッキーパンチが当たってダウンを奪い、ギリギリで引き分けた。怪我がなかったら、あのままポイントアウトされていただろう」

「仙人はアウトボクシングスタイルか」

「ヒットアンドアウェイのお手本のような動きをする。パンチ自体は軽いから、喰らっても大したダメージは無いんだが、見た目の印象が悪く、判定ではまず勝てない。実際に仙人のプレイを真似して見せるぜ」

 スタートボタンを押した。スピード型にセッティングした豪傑は、早さを武器にジャブを繰り出してくる。神崎が打ち合おうとすると、サッと逃げてしまう。そのファイトスタイルに、神崎は疑問を抱いた。

「ペシペシ打つだけで逃げ回る仙人のファイトスタイルは、血気盛んな地下の客が嫌う典型的な塩試合になるだろう。なぜ四天王の一角を担えるほど、試合を組んでもらえるんだ」

 訊ねられた豪傑は、苦笑いを浮かべながら答える。

「昔はブーイングの嵐だったよ。だが、このファイトスタイルを長く続けていくうちに、まるで職人芸のように認められるようになったんだ。野球で言えば、バント職人のような立ち位置だ。仙人だけに許される戦い方だよ」

 創成期からのプレイヤー、しかもブレることなく同じファイトスタイルを貫く姿勢。いつしか仙人の塩試合が、市民権を得るようになっていた。

「それはそれで、強さとは違った戦いにくさがあるな」

 そう神崎が呟く。手打ちのパンチを繰り出しながら、ヒラヒラと逃げ回る仙人の動きを模倣したキャラ。実際に操作している豪傑も深く頷いた。

「本物の仙人は、もっと老獪に動いて来る。しかもこのL字ガードを多用して、相手の攻撃をことごとくブロックする」

 右腕を立て、左腕を寝かせてL字を作るガード。ローを狙ってもヒラヒラと避けられ、上を狙ってもL字で防がれる。どこを狙えばクリーンヒットを得られるのか、流石の神崎もすぐに答えは得られない。

「コイツは難儀だ」

「そうだろ。しかも相手の動きを読んで反応する能力がズバ抜けている。お前も相手の動きを見切ってカウンターを合わせる『当て勘』に優れているが、果たして仙人相手にそれが通じるかどうか。『避ける仙人』対『当てる神崎』という、矛盾の戦いになるぞ。きっと盛り上がるに違いない」

 観ている方は気楽でいいが、やる方はギリギリだ。

「この鉄壁の防御に対し、攻略法を見つけなければ勝利は難しい」

「そいつをこれから見つければいいだろ。仙人のようなアウトボクシングは不慣れだが、俺も精一杯やってやるから、負けるんじゃねえぞ神崎」

 豪傑も神崎に勝って貰わなければ妹を救えない。潜入捜査だけでなく、勝たなければならない理由がここにもある。

 神崎は豪傑の協力を得ながら、時間が許す限りスパーリングを続けた。

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