第6話 仙人VS神崎③
決戦日である週末の夜、いつもの通り華村と待ち合わせた神崎は、二人並んでコロッセオへと向かう。
「仙人への対策は万全なのかしら」
歩きながら訊ねて来る華村に、神崎は前を向いたまま答える。
「やるだけのことはやった。後は実際に戦ってみなければわからない」
「随分と弱気じゃない」
「油断がないということだ」
「だったら良いわ。試合の順番だけど、本来ならレーティング上位の一馬と二岡の試合がメインイベントになるところだけど、今回はあなたと仙人がファイナル、一馬がセミファイナルに回ったわ。これは異例の事よ」
「それだけ注目を集めたら、潜入捜査としては成功だろ」
「今のところはね。このまま四天王を全員倒せば、間違いなく支配人よりも上の幹部が出て来る。接触できればようやく先へ進めるわ」
言うは易く行うは難し。仙人、一馬、東堂の壁はそう簡単には破れない。
「今日の賭け金は、あなたたちの試合だけでも百万ドルを超えるはず。それだけでもモチベーションに繋がるでしょ」
ほんの少し前まで、金に困っていた生活から一変、今では高額のファイトマネーを受け取れるようになっている。
だがそれも、勝ち続けるからこその話。敗北すればすべてを失い、また金に困る生活に転落してしまう。表舞台のようにスポンサーが支えてくれることもない。すべては勝たなければ金にならない。それがアンダーグラウンドの厳しい世界。
コロッセオに入ると、すでに前座の試合が始まっていた。華村は関係者席につき、神崎は選手控室に入る。そこにはセコンド役である豪傑の姿があった。
「よう神崎、調子はどうだ」
「まあまあだ」
「なんだったら、調整ルームでスパーリングでもやるか」
選手控室の隣には、試合前のアップが出来るように筐体が置かれている。そこにも会場内を映すモニターが設置されており、前座の試合を見ながらプレイ感覚を温めることが出来る。
さっそく神崎は豪傑と一緒に調整ルームに入った。動きの確認をしていると、前座の試合がほぼKO決着で瞬く間に終わり、すぐにセミファイナルを迎えた。
『それではこれより、本日の準メイン試合を行います。まずは青コーナーより、レーティング5位の二岡選手の登場です!』
実況の案内を受けると、東堂一派のナンバー2、二岡が舞台袖から姿を現した。観客には目もくれずに筐体の前に陣取る。途端に観客席からヤジが飛んだ。
「東堂の腰巾着登場」
「おい優等生、スカしてんじゃねえよ」
「二岡に賭けた奴は、一馬の養分だぜ」
アンダーグラウンドの世界で生きている人々にとって、生徒会長のような振る舞いを見せる二岡は癪に障る存在だ。彼を応援する観客はここにはいない。
オッズも一馬の圧倒的勝利を予想している。最もレートが低いのは『一馬の3R以内KO勝ち』で、1.1倍しかない。二岡に賭けた奴は一馬の養分と言われるのも無理はない。
そんな状況も慣れたものなのか、二岡は顔色一つ変えずに眼鏡をクイッと押し上げ、戦いの時を待つ。
『続きまして、赤コーナーよりレーティング2位、一馬選手の入場です!』
不愛想な二岡と違い、一馬は跳びはねるように登場すると、舞台の真ん中で華麗にターンをして見せた。観客も強く反応する。
「待ってました一馬!」
「今年は東堂にも勝利だぜ!」
「まずはそのガリ勉君をぶちのめしてくれ!」
野太い声に混ざって、数少ない女性の観客からもキャーキャーと黄色い声援が飛ぶ。一馬はこのコロシアムで、最も人気のあるプレイヤーでもあった。
「みんなの期待に応えて、きっちりKO勝ちしてやるぜ」
女性ファンに向けて、投げキッスをしながら勝利宣言する一馬。そのスター性は抜群だ。
「これ、二岡が勝つ目は1ミリもねえよ」
「この試合はどっちが勝つかじゃなく、一馬が何ラウンドでKOするかを賭けの対象にすべきだったんじゃねえの」
「むしろ何分立っていられるかの方が良くね?」
二岡への嘲笑と侮蔑が混ざったヤジが飛び交う。それに対し、二岡は気にしていないように見せて、実は奥歯をキツく噛んでいた。
(そうやってバカにしていられるのも今のうちだ。私には一馬を倒す狙いがある。必ず勝って、ここにいる単細胞動物たちを黙らせてやる)
「おいおい、何をそんなに怖い顔をしているんだよ」
向かい側の筐体に座ろうとしていた一馬が、二岡を見下ろしながら言った。二岡は慌てて平静を装う。
「べ、別に」
「無様な姿で負けるんじゃないかと、心配しているのか? 安心しろって。みんな俺が一方的にお前をボコって、終わりになるってわかっているから」
おどける一馬に、二岡の闘争心が燃え上がる。
(今のうちにハシャいでおけばいい。無様なKO負けで敗北を喫するのは、お前の方だからな)
余裕綽々で楽観的な一馬に、苛立ちを胸に秘めている理知的な二岡。対照的な二人の対決がいよいよ始まる。
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