第6話 仙人VS神崎④

『第一ラウンド、一馬選手対二岡選手のゴングがたった今、場内に鳴り響きました!』

 実況の宣言と共に、観客席も盛り上がる。双方ともゆっくりとコーナーからリング中央に歩み寄った。

 しっかりとガードを固める二岡に対し、ほとんどノーガードでリズミカルにステップを踏む一馬。二岡を中心に弧を描くように回っていく。

 緊張感あふれる序盤、最初に動いたのは意外にも二岡だった。無駄のない素早いジャブを一馬の顔面目掛けて繰り出す。

「速い」

 調整ルームにあるスクリーンで、試合の様子を見守っていた神崎が思わず呟いた。レーティング5位とはいえ、二岡は侮れないスキルを持っていることがわかる。

 だが、もっと驚かされたのは一馬の動きだった。二岡の素早いジャブを半歩下がって軽く避けてしまう。

「あのジャブをノーガードのまま避けるのか」

 二岡のジャブはお手本と言っても良いくらい、無駄のない動きだった。それに対し、一馬はまるで先を読んでいるかのように避けてしまった。

「驚くのはまだ早いぜ」

 スパーリングパートナーである豪傑が指摘した通り、一馬の動きはさらに神崎を驚かせる。

 二岡がジャブを起点に、ストレートやフック、上下に打ち分けたパンチを繰り出す。それを一馬はアームブロックをすることなく、ダッキングやステップワークだけでヒョイヒョイと避けてしまう。

「こんなリスキーな動きを実戦でするとは、度胸があるな」

 感心した口調で感想を述べる神崎に、豪傑が言う。

「凄いだろ。一馬はまさに全身が『天性の勘』で出来ているんだ」

 豪傑の言う通り、これはトレーニングでどうにかなるレベルではない。生まれ持っての反射神経がなせる業。

 二岡は上に意識を植え付けておいて、ローキックで下の攻撃に切り替える。流石にこれは喰らうかと思いきや、一馬はこれをジャンプして避けてしまう。

「信じられない動きだ」

 神崎はこの男と戦うことになったら、どう攻略するべきかを考えながら、食いつくようにスクリーンを見つめる。

「おっと、今のローキックは危なかったぜ。なかなかやるな、二岡ちゃんよ」

 一馬はおどけた口調で二岡を煽る。二岡は歯軋りしながら上下に打ち分けた攻撃を繰り出す。それは教科書通りの無駄のないコンビネーションだったが、一馬はそれを紙一重でことごとく避けてしまう。

 まるでダンスを踊っているかのように、華麗なディフェンスを繰り出す一馬。その闘牛士さながらの男が、いよいよ攻撃に移る。

 二岡が前蹴りを繰り出すと、それをクルリと回転して避け、その回転を利用して後ろ回し蹴りを二岡の腹に打ち込んだ。

「グッ」

 前蹴りで姿勢を崩していた二岡のキャラクターは、そのまま尻餅をついて倒れた。

『一馬選手の華麗な回し蹴りが決まったぁ! 二岡選手ダウーン!』

 実況が声を上げると、会場内のボルテージも上がった。一馬も軽く手を振りながら答える。

「ほれほれ、二岡。いつまでも座っていないで、チャッチャと立ちな。ただのフラッシュダウンだろ」

一馬に煽られ、二岡は「チッ」と舌打ちしながらスティックとボタンを動かして立ち上がる。タイミング良く蹴られただけで、ダメージはあまりない。

 試合再開となったところで、ゴングが鳴った。

『1R終了! このラウンドはフラッシュダウンを奪った一馬選手のラウンドです!』

 実況が告げると、観客席からも声が上がる。

「お~二岡、よく1ラウンド持ったな。褒めてやるぞ」

「一発も当てられなかったけどな」

「次のラウンドで終わりだろ。悪あがきはすんなよ」

 相駆らわず罵声を浴びせられる二岡。だが、彼は心の中でほくそ笑む。

(次のラウンドで終わるのは一馬の方だ。罠は仕掛けた。必ず一馬を仕留めてやる)

 東堂一派のナンバー2、二岡による企みに気づいていないのか、一馬はノー天気に観客の声援に応えていた。

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