第8話 東堂VS神崎⑩

「説明が必要かしら」

 ホテルの部屋に入るなり、華村が悪びれる様子もなく上から目線で言った。神崎は小さく首を振る。

「いいや、大方の予想はついている」

「聞かせて貰おうかしら、あなたの予想とやらを」

 堂々とベッドに腰下ろす華村。その向かい側で神崎は椅子に腰かけた。

「コロッセオでシノブに勝ってデビューした俺だったが、対戦成績に乏しいためレーティングは低い。負ければ大きくレーティングを下げてしまう四天王は、俺との戦いに二の足を踏む。そこでアンタは一考を案じた。四天王が俺と戦いたくなるよう、十万ドルの懸賞金という撒き餌を用意したんだ」

 華村はフッと笑った。

「そのとおりよ。この十万ドルは元々、ヤマトに勝ったあなたに渡すはずの十万ドル。新たな捜査費用の申請をしなくても良いから、私の独断で決められたわ」

「アンタの思惑どおり、戦いを挑んでくる四天王たち。すべては筋書き通りというわけだ」

「そうでもないわよ。あなたなら難なく四天王を倒してくれると思ったけれど、苦戦の連続。特に一馬戦では肝を冷やしたわ。だから東堂戦では方向転換も考えた。まあ、幹部と会えるチャンスとわかってから、戦うことにしたけど」

「手柄を焦るからそうなる」

「あなたの腕前を買っていたと言って欲しいわね。こうして結果を出してくれたんだから、信じて正解だったわ」

 褒めて懐柔する華村の手口は慣れたものだった。神崎は真っ直ぐ視線を送りながら言う。

「別にアンタを恨んでいるわけでも、文句があるわけでもない。作戦があるのなら、最初に話して欲しいだけだ」

「騙されているようで気分が悪いのね。でも『敵を騙すにはまず味方から』とも言うでしょ」

「俺に対して駆け引きはいらない」

 華村も真っ直ぐ見つめ返した。そして言う。

「信じろってことね。いいわ、これからは包み隠さずこちらの戦略を話していく。もちろん他言は無用よ」

「わかっている」

 神崎は手を差し伸べた。華村が眉を顰める。

「誓いの握手でもしたいのかしら」

「約束の十万ドル、渡して貰おうか」 

 本来の目的を果たした神崎。だがこの十万ドルを渡してしまえば、彼をつなぎ留めておく手段だがない。そう懸念している華村の心情を覚ったように、神崎が付け加える。

「もうニンジンをぶら下げる必要はない。この先は地下で戦う以外、俺に生きる道はない」

 凛とした表情を見せる神崎。この男に裏表はない。言っていることは本心だと察した華村は、支配人から返して貰ったばかりの米国債権を差し出した。

「無記名だから持参した人間に十万ドルが支払われる。名義変更は不要よ」

 軽く中身を確認する。確かに十万ドルの債権が入っていた。大金を手にしたというのに、やはり神崎の表情に変化はなかった。

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