第8話 東堂VS神崎⑨

「何という大逆転勝利! まさにファンタスティック! 文句のつけようがない好ゲームでしたぞ!」

 支配人はハイテンションで神崎を支配人室へと招き入れた。当の神崎は相変わらず能面のような顔をしている。

「話題になれば次のファイトマネーに繋がる。俺にとっても盛り上がることは良い事だ」

「そのとおり。我々も賭け金上昇、客も興奮して楽しめる。みんなが幸せになれますな――」

 神崎の登場により、組織が潤っていることは支配人の表情を見ればわかる。

「――今日の試合内容は、上層部でも話題になっておりますぞ。さっそくですが神崎選手と香織嬢、組織の幹部がお二人と是非お会いして、今後のことについて話し合いたいと言っておりますが、いかがですかな?」

 ようやくこの時が来た。華村ははやる気持ちを抑えつつ、努めて冷静に受け答えする。

「構わないわよ。今や神崎はドル箱プレイヤー。これからのことについてしっかりと詰めていきたいわね」

「それでは日程の方を調整した上で、香織嬢に連絡申し上げますぞ」

「そうして頂戴」

「それでは本日のファイトマネーをお支払い致しましょう」

 支配人が合図をすると、部下の一人がトレーに載せてドル紙幣を運んできた。その数、百ドル紙幣が二百五十枚。カウンターで枚数を確認してから、神崎に手渡される。

「このコロッセオで、史上最高額のファイトマネーを僅か五戦目で稼いでしまうとは、本当にあなたのファイトスタイルは、人を惹きつける魅力を持っている」

「相手に恵まれたことも大きい」

「確かにそうですな。強敵ぞろいの四天王と戦うことで、話題性には事欠かなかった」

 弱い相手に一方的に勝っても面白い試合にはならない。紙一重の勝負が人気を博して、ネットの向こう側にいる大口参加者も増えて行った。

「本日のファイトマネー二万五千ドル、間違いございませんな」

「ああ」

 受け取りが終わったところで、華村が神崎に言う。

「私は支配人と今後の打ち合わせをしていくから、あなたは先に帰っていてくれるかしら」

「わかった」

 受け取ったばかりの二万五千ドルを華村に託し、神崎は静かに支配人室から出て行った。支配人も部下に目配せをして、奥の部屋へと引っ込ませる。

 二人きりになったところで、華村は切り出した。

「誰も神崎を倒せなかったわね。懸賞金として預けた十万ドルの無記名債権、返して貰えるかしら」

「そうしましょう」

 支配人は金庫を開けると、一枚の封筒を手渡した。受け取った華村が中を確認する。持参人払いの米国債券がしっかりと十万ドル入っていた。

「逆転の神崎の異名を持つとはいえ、神崎選手の試合は心臓に悪い。いつその十万ドルを支払う時が来るかと、ハラハラしておりましたぞ」

「結局、誰も手に出来なかったでしょ」

「皆あと一歩のところまで手を伸ばせたというのに、その一歩が遠かった」

「それが逆転の神崎というプレイヤー。今も昔も変わらないファイトスタイルだわ」

「これからどうするおつもりで?」

「決まっているじゃない。神崎が潰れるまで、利用するだけよ。このコロッセオを運営する組織としても、それが希望でしょ」

 華村の言葉に、支配人は不敵な笑みをこぼす。

「花形プレイヤーですからな。これからも強敵と戦いながら、賭け金の上乗せをお願いしたいのが本音です」

「そうなれるよう、幹部との話し合いはしっかりさせてもらうわ」

「さすが香織嬢、向上心が強くてたくましいですな」

「それじゃ、また幹部との話し合いで会いましょ」

 華村は立ち上がり、支配人室の扉を開いた。外に出てドアを閉じると、扉の裏側に神崎の姿があった。

「ま、まだいたのね……」

 珍しく狼狽する華村。神崎は腕を組んで壁に寄りかかっている。

「私たちの話、聞いていたのかしら」

「ああ」

「大人の会話に聞き耳を立てるなんて、行儀が悪いわよ」

 華村の嫌味を無視して、神崎が言う。

「やはり、俺の首に十万ドルの懸賞金を出したのはアンタだったか」

「……気づいていたわけ」

「アンダーグラウンドの世界に足を踏み入れたばかりの俺に、すぐさま懸賞金をかけるほど恨んでいる奴が思い当たらない。そこで別の切り口から考えて、アンタが浮上した」

「意外とロジカルに考えているじゃない」

「俺もバカじゃない」

「ここでは誰に聞かれるか分からないわ。ホテルで話しましょ」

 二人はそのまま、宿泊している京王プラザホテルの一室へと戻った。

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