第5話 豪傑VS神崎①
『ここで本日のメインイベントへの投票を締め切らせていただきます!』
実況が叫んだところで、動き続けていた電光掲示板の賭け率が止まった。総額九十万ドル以上の賭け金が積み上げられている。
それを見つめていた一馬が「ほえ~」と感嘆を漏らした。
「神崎がここに来て、まだ二戦目だというのにこの高額かよ。いかに『神のごとき神崎』への注目度が高いか分かるな」
飛び入り参加した前回とは違い、今回は事前に宣伝をしていた効果もあって、勝者へ支払われるファイトマネーは九千ドルを超えた。
最も倍率が低い、つまり賭けの参加者が一番多く予想しているのが『神崎のKO勝ち』で2.1倍、次いで多いのが『豪傑のKO勝ち』で2.5倍。その差はあまりない。
関係者用に設置された特別席でオッズを見つめながら、華村は呟いた。
「三年のブランクがある神崎では四天王に勝てない、そう予想している人も多いってことね」
判定やドローになると、倍率はどれも5倍以上になる。逆転の神崎に、超攻撃型の剛腕で知られている豪傑。どちらが勝つにしろ、KO決着が参加者の見立てだ。
『それでは選手入場です。まずは青コーナー、地下に舞い降りて来た伝説の男、神崎選手!』
相変わらずの無表情で神崎はステージに現れた。最も注目度の高い選手の登場に、会場内も湧き上がる。
「お前に賭けたぞ、神崎!」
「KO決着でよろしく!」
「負けたらタダじゃおかねえからな!」
金がかかっているだけに、ヤジや声援も物騒なものが多い。それでも神崎はまるで地蔵のように動じることなく構えている。
『続きまして赤コーナー、レーティング4位の豪傑選手の入場です!』
「うおおおお!」
豪傑は自分で自分に気合を入れるかのように、雄たけびを上げながら登場した。それにつられて会場内のボルテージも噴火する。
「かましたれ豪傑!」
「地下は甘くねえと神崎に教えてやれ!」
「四天王の意地を見せろよ!」
こちらも負けじと野太い声援が飛ぶ。この血の気の多い雰囲気こそ、まさにアンダーグラウンドの世界。
「神崎! 正々堂々と男らしく戦おうじゃないか!」
豪傑が神崎を指差しながら「いざ尋常に勝負」と求めた。それを受けた神崎は何事もなかったように平然としている。
「余興に付き合う気はない。そんなセリフを吐いている暇があったら、目の前の勝負に集中したらどうだ。格好をつけて勝てるほど、俺は甘くない」
神崎の発言を受けて、豪傑は「そうこなくっちゃな」と言いながらニヤリと笑う。
『双方とも気合が漲っていることがヒシヒシと伝わってきます。さっそくですが両選手、位置について下さい!』
実況に促され、神崎と豪傑はそれぞれの席に着座する。二人は筐体を挟んで向かい合う形で陣取り、その頭上には観客向けの大型スクリーンが設置されていた。
『準備はよろしいでしょうか。それでは本日のメインイベント、豪傑選手VS神崎選手。第1ラウンド、ファイッ!』
実況が叫ぶと怒号に近い声援が会場内から湧き上がった。双方のキャラクターがコーナーからゆっくりと中央に歩み寄る。
神崎のセッティングはいつも通り、打たれ強さ重視だ。それに対し、豪傑は逃げも隠れもしない典型的なパワー型。インファイターらしく、その豪腕をすぐに振るってくる。
「オラァ!」
豪傑の剛腕が繰り出された。神崎は素早くガードしてそれを受け止めるが、キャラクターの体が揺れるほど衝撃を受けた。
『豪傑選手! 自慢の剛腕を振るって攻める! 攻める! 攻めまくる!』
実況が叫ぶ通り、豪傑は左右のフックを振り回す。腕をしっかりと上げてクリーンヒットを許さない神崎だったが、それでも構わず豪傑はガードの上から叩き込んでいく。
「出た! 豪傑得意の猛攻撃!」
「これはガードの上からでも神崎にダメージを与えていくぞ!」
一目、神崎が押されているが、華村は焦ることなく見守っていた。そんな彼女の隣に、仙人が腰を下ろす。
「神崎のエージェントだというのに、随分と余裕があるようじゃの」
「まあ、いつものことだから。すぐに豪傑のタイミングを掴んで、神崎がカウンターを食らわせるわよ」
「フォッフォッフォッ、いくら神のごとくと呼ばれた神崎とて、そう上手くはいかんぞ」
不敵に笑う仙人を見て、華村が訝しむ。
「どういうことかしら」
「ただ剛腕を振り回すだけで、四天王と呼ばれるほど勝ち上がれるわけがないじゃろ。豪傑はフックを繰り出すタイミングを毎回微妙にズラしておる。あれが厄介なんじゃ」
「なんですって……」
華村は豪傑の動きに着目した。確かにパンチを繰り出すリズムが一定ではない。これでは相手の動きを見切ってカウンターを合わせる神崎得意のパターンに持ち込めない。
「どうした神崎! 手も足も出ないか!」
調子の乗ってきた豪傑が神崎を煽った。無表情のままキャラクターをコントロールしている神崎は、いよいよ反撃の一撃を繰り出す。
『ここで神崎選手がローキック!』
素早い右のローを放って様子を見るが、豪傑はそれをカットすると神崎の打ち終わりを狙ってまたフックを繰り出す。それを予期していた神崎はアームブロックで防いだ。
「いつものパターンじゃな――」
長年このコロシアムで戦っている仙人が、勝手知ったる豪傑の勝ちパターンを口にした。
「――豪傑と戦う誰もが、ガードの上からでもダメージを受ける剛腕フックを嫌がり、距離を取ろうと前蹴りやローを繰り出すんじゃ。無論、豪傑もそう来ることをお見通しで戦っておる」
「豪傑の突進を牽制する攻撃は、通用しないということかしら」
「左様。剛腕を振り回しながら前へ前へと出て来る豪傑。カウンターを合わせたくてもパンチのリズムがバラバラ、そして前蹴りもローキックも打ち終わりを狙われる。このままではガードの上から削られてしまうと焦った相手が前に出て来たところで、豪傑の剛腕が炸裂する。この様子じゃ、神崎もその餌食になりそうじゃのぉ」
顎を擦りながら大画面に目をやる仙人。それまで余裕があった華村も、眼光鋭く見守っている。その時、ゴングが鳴った。
『ここで第1ラウンド終了! 豪傑選手の持ち味が発揮されたラウンドでした!』
実況の見解に、仙人も頷く。
「双方ともクリーンヒットはないが、アグレッシブな分だけ豪傑優位の10対9じゃな。この後、神崎はどう反撃するのか、見ものじゃのぉ」
1ラウンド目を取られたが、筐体の前で首を「コキッコキッ」と鳴らしている神崎に、焦りの色はない。その様子を窺っている豪傑。二人の戦いは2ラウンド目に突入する。
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