第5話 豪傑VS神崎②

 インターバルを終え、豪傑対神崎は2Rに突入した。

『さあ、第2ラウンドのゴングが鳴ったぁ! 先ほどのラウンドでは押され気味だった神崎選手、このラウンドで巻き返しなるか!』

 神崎は第1ラウンドと同様、ガードを高く上げて豪傑のフックに備える。豪傑は構わず自慢のフックを微妙なタイミングで繰り出していく。

『このラウンドも豪傑選手のペースで始まったぁ! 神崎選手はどう反撃するのかぁ!』

 叫ぶ実況を横目に、神崎はローキックや前蹴りを放つ。それはすべて豪傑にかわされ、さらに打ち終わりを狙われる。それを間一髪で避けることの繰り返しだった。そんな試合展開を見つめていた仙人が唸る。

「う~む、流石の神崎でも攻略法が見当たらないようじゃのぉ。このままズルズルと最終ラウンドまで行き、焦って前に出て来たところを剛腕で撃ち落とされる流れしか見えんわ」

「いいえ、神崎は何かを狙っているはずよ」

 華村が否定したが、その根拠がない。

「エージェントとしてはそう願いたい気持ちもわかるが、この試合における神崎の動きが作戦通りだとは思えん。シノブの時には相手の脚を削るという狙いがあったが、この試合ではローも前蹴りもすべて豪傑に避けられてダメージを与えておらん――」

 仙人の指摘通り、神崎は何一つ有効打を放っていない。

「――タイミングを計ろうにも、あれだけ不規則ではカウンターも合わせられん。神崎は万策尽きておるんじゃよ」

 華村は何も言い返せなかった。アグレッシブに動く豪傑に対し、ただガードを固めながら時折ローや前蹴りを放つだけ。それもすべて、打ち終わりを狙われるという有様。

「何か意味があるはずだわ。彼が理由もなく手をこまねいているとは思えない」

 神崎の消極的な動きに疑念を抱き始める華村。それは豪傑も同じだった。

(なぜ受け身一辺倒で攻めてこない、神崎)

 まるで覇気が感じられないローキックや前蹴りばかりで、神崎が操るキャラの動きからは、勝とうという強い気迫が感じられない。

(やはり……あの時の会話を聞かれていたのか)

 豪傑の脳裏に、試合前のトイレでの出来事が過ぎった。自分が勝利をおさめなければならない理由。十万ドルの懸賞を得て、妹の医療費に当てなければならない現実。それを知った神崎が、勝ちを譲ろうとしているとしたら――

『ここで第2ラウンド終了! 第1ラウンドと同様の動きで、豪傑選手のアグレッシブな攻めが目立つ展開した!』

 四天王対神崎のビッグイベント。当然、観客は面白いゲームを期待していた。だが、ふたを開けてみれば同じことの繰り返しという塩試合に、観客のフラストレーションが爆発する。

「何をやってんだよ神崎! テメエ、やる気あんのか!」

「お前に有り金を全部賭けてんだぞ、この野郎!」

「勝つ気がねえなら、ぶざまにKO負けしちまえ!」

 罵声が浴びせられる中でも、神崎は涼しい顔でスティックやボタンの調子を確かめていた。そんな神崎に、豪傑が怒りの形相で迫る。

「おい神崎! 貴様わざと負けようとしているんじゃないだろうな!」

 豪傑は大声を張り上げたが、それ以上に激しい観客席の罵声にかき消され、聞こえたのは向かい側に座る神崎だけだった。

「俺の事情を知って、負けるつもりならふざけるな! そんな情けを受けるほど、俺は落ちぶれてはいない!」

 叫ぶ豪傑に対し、神崎は無表情で応える。

「言ったはずだ、集中しろと。目の前のゲームから気を逸らしているようでは、俺には勝てない」

「なんだと……」

 剛力は固唾を飲んだ。神崎の目は死んではいない。何かを狙っているというのか。それともハッタリか。

 その答えは次のラウンドで分かる。

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