第8話 東堂VS神崎⑤

 開始のゴングが鳴ると、第一ラウンド同様、ゆっくりと中央に歩み寄る二人。いきなり神崎が動き出す。

『出会い頭に神崎選手がノーモーションの右!』

 いきなりストレートを放つ神崎。だが東堂にはもう、通じない。

「甘い!」

 あっさりバックステップでかわすと、東堂は一気に間合いを詰めて高速コンビネーションを放つ。何とかアームブロックでそれを防いだ神崎だったが、一拍置いてから追撃が飛んで来た。

『出たぁ! 東堂選手得意のノーモーション!』

 コンビネーションをブロックしたと思い、油断したところに伸びてくるストレート。それがガードの間を抜けて神崎の顔面を捉える。

『神崎選手の頭が仰け反った!』

 ようやく出た東堂のクリーンヒット。神崎のボタン捌きも急に忙しないものになった。調子を取り戻した東堂が前に出る。

『一発で流れを引き寄せた東堂選手! 神崎選手はまた、下がり始めました!』

 東堂がジャブを打つフェイントを入れる。それに反応してガードを上げる神崎。一拍置いてガードが緩んだところに飛んで来る、見えないパンチ。

『再びノーモーション! 神崎選手の顔面を確実に捉えていく!』

 盛り上がる東堂ファン。神崎に賭けている観客からは悲鳴が上がる。

「やはり、東堂のノーモーションには反応できないようじゃな」

 仙人が言うと、一馬が頷いた。

「あのパンチは喩え神のごとき神崎でも見えない。的を絞らせないように翻弄するしかないが、神崎の動きは結構オーソドックスだからな。俺のようにヒラヒラと舞うことは出来ないだろ」

「そうなると、東堂の餌食じゃぞ」

「だろうな。しばらくは東堂のターンだぜ」

 一馬の見解通り、東堂のパンチが面白いように当たる。

『またノーモーション! 神崎選手は反応できません!』

 貰った直後に反撃に出る神崎だったが、その動きはすでに読まれていた。東堂はあっさりとかわし、さらにコンビネーションを放ってくる。

『攻撃が当たらない! 神崎選手、はやくも手詰まりか!』

 中間距離ではノーモーションが飛んで来る。近づけばお手本のように無駄のない高速コンビネーションが襲ってくる。神崎が取れる手段は、距離を取って逃げる消極的なプレイしかなかった。

「スピード重視の攻撃だけに一発の破壊力はないが、何度も食らえば流石にダメージが蓄積するぞ」

 仙人の目には、神崎のライフが削られているように見えた。それでも見えないパンチに反応できず、神崎は防戦一方だ。

「頼むぜ神崎……一発かましてくれよ……」

 祈るように呟く豪傑。だが、下がりながら打つ迫力を欠いた神崎の攻撃は、すべて東堂に見切られてしまう。

「ダメだこりゃ。相性が悪いにも程があるぜ」

 一馬がボヤくように言うと、仙人も頷いた。

「うむ……心なしか神崎の表情にも張りがない。伏し目がちになっておる」

 神崎は相変わらずの無表情だが、仙人の言う通り目線が下がっている。攻略の糸口が見えず、防戦一方の展開に苦心しているようだ。

『またノーモーションが炸裂! 神崎選手は苦しい時間が続く!』

 勢いづく東堂の攻撃に、賭けている観客も盛り上がる。

「良いぞ東堂! そのまま倒しちまえ!」

「威勢が良かったのも最初だけだな、逆転の神崎ちゃんよ!」

「今日でお前の連勝街道も終わりだぜ! これまでのカウンターだって、所詮はラッキーパンチだったんだよ!」

 一方的な試合展開のまま、第二ラウンドが終了した。ポイントは誰の目にも10対9で東堂だ。

「この試合、第一ラウンドでダウンを奪った神崎がまだ、1ポイントリードをしているが、ダメージは雲泥の差だぜ」

 一馬が言うまでもなく、みんな劣勢なのは神崎だと分かっていた。豪傑も張りのない声で呟く。

「一発でも良いから、東堂のノーモーションにカウンターを合わせられたら、試合をひっくり返せるんだが」

 その僅かな希望さえ、仙人は頭から否定した。

「カウンターどころか、避けることさえ出来ずに貰いまくりじゃ。神崎が放つにわか仕込みのノーモーションはもう東堂には通用せん。もはや万策尽きておる」

「このままジリ貧かな。あーあ、結局は東堂に美味しいところを持っていかれるのか」

 一馬も諦めムードだった。そんな四天王の会話を聞きながら、華村は足の爪先でトントンと床を叩いて、苛立ちを露わにしていた。

神崎が追い詰められるのはいつもの事だが、今回は全く対応が出来ていない。見えないパンチを攻略しないことには勝ち目がないが、その糸口さえ掴めていない。

「あと一歩のところまで迫っているのよ……こんなところで負けないで頂戴」

 闇組織の幹部と接触できる寸前のところまで来ている。なんとしても勝って欲しいが、神崎が勝利するシーンを誰も想像できない有様だった。

 一方、東堂を支える一派は活気づいている。

「東堂さん、その調子です!」

 シノブに続き、二岡も声を張る。

「絶対に焦らず、油断しないでください」

 迂闊に飛び込むと何があるかわからない。それが神崎の怖さ。だが、慎重にプレイすれば恐れることはない。東堂はそれが出来るプレイヤー。いつだって冷静沈着に、最善の手段で相手を追い詰めていく。

 東堂に抜かりはない。神崎はただ、静かに次のラウンドを待っていた。

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