第8話 東堂VS神崎⑥

『泣いても笑っても残り三分、最終ラウンドの開始です!』

 最高潮に盛り上がる観客席。相反するようにステージ上の二人は冷静に歩み寄る。リング中央で軽くフェイントの掛け合いをしてから、試合が動き出す。

『いきなり東堂選手のノーモーション! 見えない神崎選手はまともに喰らう!』

 どの角度から飛んで来るかわからないパンチ。アームブロックしようにも、どの方向に構えればいいのか、それさえ判別がつかない。

 打たれたらすぐに打ち返す。神崎は基本通りに反撃するが、東堂はいとも簡単にそれを避けてしまう。

「神崎のプレイは丸裸にされておるの」

 仙人はあらためて東堂の分析力を評価した。

「何をやっても読まれちゃって、神崎も苦しいねえ。ただ見るのとやるのでは大違い。これだけ実戦で相手の動きを読み、実戦で素早く適応する東堂の能力は流石だ――」

 一馬も脱帽と言う外なかった。

「――なにより神崎から覇気が感じられないね。神のごときと呼ばれている男は、一体全体どうしちゃったんだ?」

「一馬の言う通り、神崎はずっと伏し目がちでおる。心ここにあらずの状態に見えるの。何か気掛かりなことでもあるのじゃろうか」

 仙人の言葉に、華村はハッとした。試合前、神崎は自分の首に十万ドルを賭けた人物について酷く気にしていた。それが心のどこかで引っ掛かっているのかもしれない。

「うわの空で勝てるほど、東堂は甘くないのよ」

 厳しい口調で華村は言ったが、その声は観客席の激しい歓声にかき消され、ステージ上の神崎には欠片さえ届かない。

 その神崎は、今までどれほど劣勢でも画面と正面から向き合って来た。だが今は、まるで負けを覚ったかのように、画面の下に視線が落ちている。

『またもやノーモーション! おっと! 神崎選手の膝がガクッと折れたぁ!』

「こりゃ効いてるぜ」

 一馬が小さく首を振りながら「やれやれ」と呟く。仙人も神崎の敗勢を認めた。

「打たれ強さ重視のセッティングとはいえ、あと一発でもクリーンヒットを貰えば、神崎はダウンするぞ」

「そうなればポイントは逆転するな」

「それどころかKO負けを食うかもしれん――」

 仙人はチラリと時計を見た。

「――残り三十秒。東堂は逃しはせんの」

「むしろお釣りがくるほどの余裕だな」

 二人はもう、神崎が負けるのは時間の問題だと思っている。豪傑もガックリと項垂れた。

「ダメか……流石の神崎でも、見えないパンチにカウンターを合わせることは不可能だったか」

 諦めムードが漂う中、東堂の高速コンビネーションが飛んで来る。辛うじてブロックした神崎だったが、体がフラフラと揺れてコーナーに寄りかかった。

『いよいよ神崎選手がコーナーに追いつめられた! 残り二十五秒、東堂選手が逃さず正面に立つ!』

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