第8話 東堂VS神崎④
『大変お待たせいたしました。それではこれより本日のメインイベント、東堂選手対神崎選手の試合を始めさせていただきます!』
実況役がアナウンスすると、観客がみんな立ち上がった。
「待ってました!」
「東堂の吠え面が拝めるぜ!」
「アホ抜かせ! 負け犬に成り下がるのは神崎の方だ!」
それぞれ賭けた選手の応援に余念がない。大金が飛び交い、殺伐とした雰囲気の中、二人のプレイヤーが登場する。
『まずは青コーナー、神崎選手の入場です!』
いつも通り喜怒哀楽のない能面のような表情で現れる神崎。大歓声を前にしても臆することはない。
『続きまして赤コーナー、当コロッセオのレーティング1位、東堂選手の入場です』
王者の貫禄タップリに、堂々とステージ上に現れる東堂。神のごときと呼ばれる男を前にしても、強気を崩さない。
東堂と神崎、二人の視線が交差する。だが言葉を交わすことなく、二人とも黙って筐体の前に座った。余計なやり取りは必要ない。すべてはゲームの中でぶつけ合えばいい。そんな気迫が漲っていた。
「いよいよ始まるの」
仙人が居住まいを正した。一馬もステージ上に設置されている大型スクリーンに視線が釘付けとなっている。妹の命が懸かっている豪傑は「かましてくれ、神崎」と祈りを込める。華村はセクシーな脚を組んだまま、微動だにしない。
『両選手とも準備はよろしでしょうか。それでは本日のメインイベント、第一ラウンドの開始です!』
実況の宣言と共にゴングが鳴らされた。大歓声の中、二人がゆっくりとリング中央に歩み寄る。
『いよいよ両雄が激突します! 東堂選手はノーモーションを得意としておりますので、瞬きは許されません!』
みんな固唾を飲んで見守っている。リングの中心を軸に、ゆっくりと回り始める二人。次第に攻撃が届く距離に詰まっていく。
『まずはあいさつ代わりに神崎選手がローキックを出した!』
威力は弱いがスピーディーなローを放つ。それを東堂は悠々とカットする。今度は東堂が軽めのジャブを放った。神崎が軽快なバックステップでそれを避ける。
「予想通り、静かな立ち上がりじゃの」
仙人の言葉に、豪傑が反応した。
「互いに距離を確かめ合っているんだろう」
「神崎は東堂の動きをじっくりと観察しておる。東堂もまた、ノーモーションでパンチが当たる距離を計測しているんじゃな」
二人の見解を訊いていた一馬が口を挟んだ。
「だったら、さきにクリーンヒットするのは神崎だな」
「なぜそう思うんじゃ?」
「相手の動きを読む力なら、東堂よりも神崎の方が上だろ」
「一馬の言う通りだとしたら、面白いものが見られるぜ」
豪傑が不敵に笑った。華村が軽く後ろを振り返る。
「どういうことかしら」
「見ていれば分かる。トレーニングの成果が発揮されるぜ」
戦っている二人の距離は次第に詰まっていった。手探りの攻撃が続くが、高度なディフェンスで互いにクリーンヒットを許さない。
『緊張感あふれる攻防の連続! 強者同士が見せる紙一重の戦いが続く!』
実況が言う通り、派手ではないが目には見えない駆け引きが続いている。二人のレベルが近いからこそ中々踏み込めない。
ローやジャブの応酬だった出だしから、一分を過ぎたあたりで激しさを増した。次第にフックやミドルキックが目立つようになる。それぞれアームブロックや膝でカットしているため、互いにダメージはない。
それでも両雄のタイミングが次第に合っていき、パンチが軽く顔面を捉えるようになっていった。
「若干、東堂が圧しておるな」
前に出るのは東堂。ノーモーションを警戒している神崎が下がりながら反撃している構図。見栄えで言えばアグレッシブに映る東堂に分がある。
「そろそろ試合が動き出す頃合いじゃな」
お互い相手の動きに対応を始めた。仙人はここから本格的な攻防が始まると見た。戦っている東堂自身、それを感じ取っている。
(距離は掴めた。そろそろノーモーションをお見舞いしてやろう)
第1ラウンド残り三十秒、静かな攻防が続いていた戦いが急に荒れ出す。圧している東堂が調子よくミドルキックを放ったその瞬間、いつの間にか神崎のストレートが東堂の顔面を捉えていた。
「な、なに」
ミドルキックで片足立ちになった不安定な体勢で貰ったストレート。東堂はそのまま尻餅をついた。
『ダウーン! 第一ラウンド早くも神崎選手がダウンを奪ったぁ!』
湧き上がる会場。一馬も思わず立ち上がった。
「な、なんだよ今の攻撃」
「ノ、ノーモーションじゃ……東堂ではなく神崎がノーモーションを打ちおった……」
仙人も目を丸くしている。そんな二人を横目に、豪傑だけはガッツポーズしていた。
「よっしゃー! 言っただろう、面白いものが見られるって。これこそ今回神崎が用意した秘策だ!」
相手のお株を奪うノーモーション。まさかの攻撃に東堂も面食らった。だがダメージはなく、すぐに起き上がる。
試合再開後、それまで調子よく前に出ていた東堂の動きが慎重になった。神崎も深追いはしない。そのまま第一ラウンドが終了した。
『ここでゴングだぁ! 第一ラウンドは神崎選手がダウンを奪って終了です!』
ざわつく会場。仙人も「いやはや」と唸る。
「まさか神崎がノーモーションを放つとは。想像の斜め上を行く恐ろしい男じゃ」
「こんな奇を衒った攻撃、出オチみたいなもんだろ。付け焼刃のノーモーションなんて、一度食らえばもう東堂には通用しないぜ」
一馬の言う通り、完璧には程遠い神崎のノーモーションは、本家本元である東堂には二度と当たらない。
「それでもこのラウンドは10対8で神崎だ。これで試合運びが楽になるぜ」
歓喜の声を上げる豪傑。仙人はまだ、驚きを鎮められない。
「東堂のノーモーションに神崎が翻弄される試合展開を予想しておったが、まさか東堂が追いかける試合になるとは、さすが神崎としか言いようがないの」
予想に反する流れに、東堂一派のメンバーは心配そうにステージを見つめている。スポットライトを浴びている東堂は、深く一息吐き出していた。
(さすが神のごときと呼ばれる男、こちらが徹底的に分析してくることを予想し、想定外の角度から攻撃してきた。まんまと一杯食わされたよ)
東堂はグッと拳を握り締める。
(だがそれも一発限りだ。お前の無様なノーモーションのお礼に、本物のノーモーションを次のラウンドから嫌というほどお見舞いしてやる)
一方、神崎は相変わらずの無表情で次のラウンドを待っている。
『目が離せない二人の攻防は、いよいよ第二ラウンドに突入です!』
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