第8話 東堂VS神崎③

 前座の試合が行われている中、華村は関係者席に向かい、神崎は控室に入った。すでに豪傑が先に来て待っていた。

「よう、調子はどうだ」

「悪くはない」

「アップがしたいときは言ってくれ。付き合うぜ」

「早速やろうか」

 神崎は豪傑を連れてアップルームへと移動した。スティックやボタンを触りながら、周波数を合わせるように自分の体調や感覚を筐体にシンクロさせていく。

「東堂の野郎は一派のメンバーを使って、お前との戦いを想定したスパーリングをしこたま積んで来たようだ」

 豪傑がそう伝えると、神崎は予想の範囲内だと小さく頷いた。

「王者に抜かりはないようだな」

「それはお前もだろ、神崎」

「ああ」

 感情を表に出すことはないが、静かに闘志を燃やしていることは伝わってくる。どちらが勝っても凄い試合になりそうだと、豪傑は一人の格闘ゲームファンとしてもワクワクしていた。

 一通りアップが終わった頃、タイミングよくセミファイナルが終了した。いよいよ本日のメインイベント、東堂対神崎の一戦が始まる。

『それでは今より、最終試合の投票を始めさせて頂きます! レーティング1位の東堂選手と神のごとき神崎選手による夢の対戦! みなさま奮ってお賭け下さい!』

 実況が開始を告げると、会場内が割れんばかりの歓声に包まれる。

「俺は神崎に賭けるぞ!」

「今日も壮大な逆転劇を見せてくれ!」

「お前も終わりだ、東堂!」

 強いだけでなく、システム化された一派の首領として、東堂にはアンチも多い。一馬のような派手さもファンサービスもなく、ドンのようにふんぞり返っているように見える点が、一部で反感を買っている。

 だが、賭けで儲けている観客からしてみれば、勝ち続ける東堂は魅力的に映る。

「キッチリ買って儲けさせてくれよ、東堂!」

「KOでも判定でも良いぞ!」

「連勝記録を伸ばしてくれ!」

 場内の歓声による支持率はほぼ互角。それを現すように、賭け率も一馬戦同様、五分五分で推移している。ネットの向こう側にいる大口の参加者たちも、みんなどちらが勝つかで意見が割れていることが窺える。

 両者とも出陣の準備は整った。いよいよその時が来る。

『それでは投票を締め切らせて頂きます。なんとこの試合、寄せられた賭けの総額は当コロッセオにおける史上最高額である、250万ドルを突破いたしました!』

 昨年の東堂対一馬を超える賭け金。その電光掲示板を見つめながら関係者席にいる華村の隣に、仙人が腰を下ろした。

「さすがお主が連れてきた神崎は、人気が一味違うの」

「三年前の事件について、多少なりとも影響が残っていないかと心配したけれど、すっかり地下で受け入れられたわね」

「ここでは神崎の不正行為なんて、誰も信じてはおらんよ。何より徹底した不正行為への対応がなされているこの地下で、あれだけの強さを見せつけているのが無罪の証拠じゃ。純粋に強い者が支持される、そのシンプルで誤魔化しがきかないという点が、このアンダーグラウンドの世界の素晴らしい点であり、怖いところでもある」

「勝てなくなったら最後、誰も相手にしてくれず、何の保証もない。ただボロ雑巾のように捨てられるだけ。いずれあなたもそうなるわよ、仙人」

「その覚悟がないのなら、地下には来ないことじゃ。表舞台のように甘くはないからの」

 そんな会話をしていると、華村の逆隣りに一馬が座った。

「ショックだぜ。なんで俺じゃなくて東堂との試合で記録が塗り替えられるのさ」

「四天王との最後の戦いという点で、注目度が割り増しになっているんじゃろ。気にするでない」

 仙人がフォローを入れたが、一馬は「チェッ」と納得がいかない様子だ。そんな三人の後ろ、華村の真裏の席に豪傑が座った。

「全員お揃いか。ここでは目立つ派手な顔ぶれだぜ」

「どうじゃ豪傑。神崎の様子は。勝てる見込みが立っておるのか」

 仙人に訊かれた豪傑は、素直に首を傾げた。

「こればっかりは、やってみなければわからねえな。正直、どっちが勝っても不思議ではない」

「お主が賭けるとしたら、どちらに賭けるんだ」

 しばし悩んだ後、豪傑は答えた。

「――東堂だな」

 華村が眉間に皺を寄せた。仙人の眼光も鋭く光る。

「ほう。なぜじゃ」

「神崎は直に東堂の試合を見たことが無い。それ以前に相性が悪過ぎる。カウンターを得意とする神崎に対し、パンチが見えないノーモーションで来られたら流石に分が悪い」

「確かに、お主の言う通りかもしれんな」

 見えないパンチを攻略しない限り、神崎は東堂に勝てない。だが東堂のノーモーションは、反射神経に優れた一馬でさえ見切れないほど完璧な技術。関係者席では東堂有利の意見が出始める中、一馬が呑気な声で言う。

「どんなに不利な状況でも、試合をひっくり返しちゃうのが神崎省吾って男だろ」

 その言葉に、仙人も豪傑も頷くほかない。

「お主の言う通りじゃ」

「実際に逆転負けしている俺たちが良く分かっている」

 一馬はニヤリと笑う。

「東堂も同じ目に遭うぜ、きっと」

 パンチが見えない相手に、カウンターを得意とする神崎がどう戦うのか。一馬の言う通り攻略できるのか、それとも全く歯が立たないのか。その結論はもうすぐ出る。

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